第17話

 そんな風にして時間は着々と過ぎていき、完全に日が落ちたところでひとまず作業は終了。

 とは言っても、作業の後にも炉の火を落としたり、掃除や道具の手入れをしたりとやることは数多くあり、それらがひとしきり完了してようやく工房の一日は終わりとなる。


「んじゃ、今日はこれで仕舞いだな」

「「ありがとうございました!」」

「おう」


 炉の火も落ち、綺麗に片付いた工房内でダンテさんが仕事の終わりを宣言すると、ロックさん達が一斉に頭を下げた。

 冗談好きで、お調子者で、私生活はちょっとだらしない三人だけど、仕事に関してはとても真摯であり、始まりと終わりの挨拶を始め、道具の手入れや掃除も毎回丁寧にきっちり行う。

 こういう姿を見る度に、やっぱり職人なんだなぁ、といつも感心してしまう。


 でも、部屋だけはすごい状況なんだよね…。


 というのも三人が共同で寝泊まりしている部屋は、衣服が脱ぎっぱなしのまま散らかり、酒瓶は転がり、食器も無造作に放置されていたりと、足の踏み場もないような有様なのである。

 ここまでしっかりと掃除や後片付けができる三人なのに、何故部屋だけはああもすごいことになるのか、希少鉱石も顔負けの謎であった。


「おめぇらもよく働いてくれたな。助かったぜ」

「やっぱ、手伝ってもらうと仕事が捗るぜ」

「まったくッス。二人がいなかったら、きっと補修だけで一日かかってたッスよ」

「ああ、今日は気持ちよく仕事ができた」


 それはさておき、ニヤリと笑うダンテさんに続いて、ロックさん達も晴れやかな顔を見せる。

 こうも喜んでくれるなら、お手伝いをした甲斐もあったというもの。

 私の頬も自然と緩んでくる。


「えへへ、それならよかった。ね、メイ…って、あ、あれ、メイ?」

「……」


 しかし朗らかに笑い合う私達の一方、目を向けた先では、メイが床にうつ伏せになってのびていた。

 何をどうしてその姿勢になったのか、両手を頭の上に伸ばし、おでこを地面につけて、綺麗な直線を描きながら力尽きている。

 さっきからずいぶんと静かだなとは思っていたけど、もはや喋る気力もないようでピクリとも動かない。


「だ、大丈夫…?」

「か…、顔…」


 ともあれ慌てて駆け寄れば、床に突っ伏したまま、もそもそと消え入りそうな声が返ってくる。


「え?顔?」

「顔が…熱い…」


 う、うん、そうだよね…。


 工房内は日中はずっと炉の火を落とさないため、中は真夏でも外の方が涼しいと感じるくらい暑い。

 そして床や柱、壁などはすべて石でできているので、一度熱されると火を消してもなかなか冷めず、炉の近くはもちろん、離れた場所のものでもしばらくはそれなりに熱い。

 急ぎ起こしてあげれば、案の定、おでこと鼻が真っ赤っかになっていた。


「やけどはしてないみたいだけど…。もう、駄目だよメイ。やけどしたら大変だよ」

「う…、だって疲れて動けないんだもん…。もう無理…。歩くどころか立ち上がるのも無理…。ちらっ」


 赤くなったところを見ながらそう言うと、メイがちょっとばつが悪そうな顔になる。

 でも動いたのは表情だけで、いつもなら身振り手振りも交えてくるのに、身体の方は相変わらずぐったりとしたままだった。

 言葉のとおり、相当疲れているらしい。


「まあ、今日は珍しくよく働いてたからな」

「やっぱソラちゃんがいると違うッスね~」

「それでもだいぶ嫌そうだったけどな」

「うぅ…、ソラちゃん…」


 ロックさん達三人が思い思いの表情を向けてくる中、メイが悲しげに眉尻を落とし、ふるふると震える手を私の手に重ねてきた。

 重たい腕を懸命に持ち上げる様は、その表情も相まって、まるで物語に出てくる別れのシーンのよう。

 前に一緒に大都へ行った時、大通りの一画でやっていた演劇がちょうどこんな感じだったから、きっとその影響だろう。


「どうやら私はここまでみたい…。でも、どうか私のことは気にしないで…。私はここで、この工房と運命を共にするから…。ちらっ」


 果たして、台詞までそれっぽくなっていた。

 と言っても、目だけはさっきから何かを期待するように生き生きとしており、残念ながらまったく悲劇のシーンには見えない。

 それに何を期待しているのかも明らかなので、尚更であった。


 もう、仕方ないなぁ…。


 苦笑いをしながら、望みどおりメイを抱え上げようと姿勢を変える。

 しかし。


「おら、んなところで寝てたら邪魔だ!とっとと起きろ!」

「ぐべぇっ」


 その前にダンテさんに首根っこを掴まれて、強制的に立たされてしまった。

 メイの喉からカエルが潰れたような声が飛び出てくる。

 ダンテさんはロックさん達に比べたら細身だとはいえ、それでも毎日力仕事をしているだけに力は強い。

 体重の軽いメイを持ち上げるくらいなんてことないだろう。

 そんなわけでぶらんと宙づりになったメイだったけど、すぐにクワッと目を見開いた。


「ひ、ひどい!これが倒れるまでお仕事を頑張った、健気で献身的なか弱い女の子に対する扱いなの!?だいたい、そんな女の子に朝から晩まで力仕事をさせるってどういうことなの!?トキサダみたいな筋肉モリモリになってお嫁さんに行けなくなっちゃったらどうするの!?この真っ黒な労働環境に対して、私は断固として抗議するよ!」


 言いながら火がついたらしく、拳を握りしめて猛然と抗議し始めた。

 もっとも、ちゅうぶらりんの状態なので今ひとつ様にはなっていなかったけど。


「女の子にはもっと優しく!もっとお休みを!具体的には、お仕事は四日に一回くらいで毎回必ずお菓子を…」

「うるせぇ!」

「へぶぅっ」


 しかし、すぐに拳骨を落とされて沈黙してしまった。

 マリナさんのものより痛かったようで、今度はうめき声すら上げずに頭を押さえてうずくまっている。


「やっぱり元気じゃねぇか…」

「何かと引き合いに出されるッスね…、トキサダの旦那」


 その様子を見ながら、ロックさん達が呆れた顔になる。


「ったく、久しぶりによく働いたと思ったらこれだ。んな元気なら、こいつはいらねぇか」


 ただ、同じく呆れ顔を見せるダンテさんがそう言って手に持ったものを掲げた途端、メイが再びクワッと目を大きく見開いた。


「あーっ!?そ、それはッ!?」


 視線の先にあるダンテさんの手には、いつの間に持ってきたのか、大きな笹の葉に包まれた、つるつると茶色に輝くお菓子の載ったお皿があった。

 綺麗に切り分けられた透明感あるお菓子本体と、それを包む笹の葉の色鮮やかな緑の組み合わせが、この場に似合わずとても涼しげな雰囲気を漂わせている。


「ようかんだーっ!!すごい!ようかんだ~っ!私ようかんも大好き~!!」


 やれやれと苦笑いしながらダンテさんがお皿を置くと、その周りをメイがぴょんぴょんと飛び跳ね始める。

 もう痛みや疲れなどはどこかに飛んでいったようで、さっきまでは重たそうにしおれていた後ろ髪も、今は一緒になってぴょこんぴょこんと元気に踊っている。


 ようかん、というのはサトリさん達の故郷のお菓子。

 クッキーやタルトなどと比べるとだいぶ風変わりな香りと見た目をしているけど、それもそのはずで、ようかんには一般的なお菓子に必須のバターや卵を使わず、小豆を中心としたシンプルな材料のみで作られていた。

 でも味は決して単調ではなく、素材自体の美味しさを上手に生かした、奥深く上品な味わいを楽しむことができる名菓である。

 もちろん、私もようかんは大好き。


「わぁ、美味しそうだね~」

「ね~!」

「親方は菓子もうまいからなぁ…」


 何気なく会話に交ざってきたホートさんも一緒になって、三人でまじまじとお菓子を眺める。

 実はホートさんもメイと同じく甘いものが大好きで、時々こんな風にダンテさんがお菓子を作ってくれるとすごく喜んだ。

 ただそんなホートさんだけど、お菓子を自分で作ることはしない。

 というのも何故か自分で作るとうまくいかないらしく、何度か試してみたものの、以来スッパリと諦めて食べる方に専念することにしたのだとか。

 細工が得意なくらい指先が器用なのに、これもまた謎であった。


「たまにゃこういうもんでもねぇと、張り合いがないだろ?」


 すっかりと元気になったメイを見て、ニヤリとダンテさんが笑う。

 今ホートさんが言ったとおり、ダンテさんはお菓子作りもとっても上手であり、本人は甘いものが苦手なのにも関わらず、作ってくれるものは毎回すごく美味しかった。


「いっただっきまーす!」

「って、こらァ、ミメイ!ここで食うんじゃねぇ!」


 そんなわけでさっそく食べようとしていたメイだったけど、その前にひょいっとダンテさんに取り上げられてしまう。

 そして口を開けたままの格好で目を瞬くメイにため息をつきつつ、慣れた手つきで新しい笹の葉で包み直して手渡した。


「食うのは晩飯のあとにしとけ。ったく、またチアキに絞られんぞ」

「はーい!うっふふ~、楽しみができちゃった~」

「ほれ、おめぇも持ってけ」

「ありがとう、ふふ」


 同じように包んでくれたようかんを受け取りながら、つい口元が緩んでくる。

 ダンテさんは声が大きい上に巻き舌だし、メイには山賊の親分みたいだなんて言われるくらい強面だけど、こうしてわざわざお菓子を作ってくれたり、晩ご飯の心配までしてくれたりと、実はとっても面倒見がよくて優しい人なのだった。


 ようかんはお父さんも好きだから、きっと喜ぶだろうなぁ。


 笑い合う私達を中心に、なんともほんわかした空気が広がっていく。

 しかし一方で、職人のダンテさんはこと仕事に関してはとても厳しい。


「…あれ、親方?俺の分がないようなんですが…」

「あん?『俺の分』だぁ…?」


 ホートさんが控えめに尋ねるなり、たちまちギロリと眼差しが鋭くなった。

 瞬間、ホートさんが、しまった…!という顔になって身構えるも、


「バカヤロウ!おめぇはいつまでおこぼれをもらうつもりだ!散々食ってもう味は覚えただろうが!仮にも職人なら、いい加減自分で作れ!!」

「へ、へい…!」


 案の定答えの代わりに雷のような怒声が返ってきてしまい、身構えた甲斐もなく、大きな身体がぐんっとのけぞった。

 どうやら私達とは違って、今までホートさんにお菓子を作ってあげていたのは、修行の一環だったらしい。

 となれば、教育も含めて仕事には一切の妥協をしないダンテさんが弟子を甘やかすはずもなく、予想どおり続けられた「今後おめぇの分はなしだ」という言葉に、まるで死刑宣告でも受けたかのように、ホートさんが大きくのけぞった姿勢のまま、ずぅぅんと音がしそうなくらい落ち込む。

 その肩に、メイが深い同情の籠もった眼差しでそっと優しく手を置いていた。


 こ、今度何かお菓子の差し入れ持っていくよ、ホートさん…!


「やれやれ…、親方もなんだかんだとミメイ達には甘いよなぁ…。孫を見守る爺さんみたいな心境なのかねぇ…」

「見ようによっては、女の子を菓子で釣って攫おうとしている山賊の頭みたいにも見えるッスけどね。親方、人相悪いッスから」

「くくく、確かにな。流石の王都にも、親方ほどの強面はいないだろうぜ」

「聞こえてんぞ」


 そんな私達をニヤニヤしながら眺めていたロックさん達が、ポカンッとその頭を小突かれる。

 仕事が終われば 陽気なロックさん達はこうしてよく冗談を言い合う。

 …まあ、時々行き過ぎちゃって、三人仲良くサトリさんからお説教されたりもするんだけど。

 大きな身体を小さく縮めながらすごすごと書斎へと向かう姿は、本人達には申し訳ないとは思いつつも、ついクスリとしてしまうような可笑しさがあった。


「そういやおめぇら、朝にも王都がどうとか話してたが、大招集に応じるんだってな」


 と、誤魔化すように後ろ頭をさすりながら笑うロックさんとバッツさんを、じろりと睨めつけていたダンテさんが、そう言って今度は私達の方を向いた。


「え?あ、うん」


 確かに朝は大招集の話をしてたけど…。


 ダンテさんは仕事の最中は余計なことを一切喋らない人で、今朝もやっぱり私達の会話には参加せずに黙々と歩いていたんだけど、話はしっかり聞いていたらしい。

 ちょっと意外な気がして目を瞬く私を見て、ニヤリと口の端を上げる。


「んで、おめぇのことだ。どうせ、向こうでもちゃんとやっていけるのか、とか心配してんじゃねぇのか?」

「う…」


 み、見抜かれてる…。


 もっともあれだけ騒がしくしていれば、聞こえないようにする方が難しいに違いない。

 きっと話を聞きながら、内心では苦笑いしていたことだろう。

 案の定今も、怯む私を見て、やっぱりなと苦笑いを浮かべた。


「おめぇはルーフゥに似て心配性だからなァ…。まぁそれが悪いとは言わねぇが、なんでも過ぎれば逆効果だぜ。ほれ、ミメイを見てみろ」


 そのまま視線を私の隣へと移したので、つられるようにして振り向けば、うっとりとした顔でようかんに頬ずりするメイがいた。

 まるで子猫を愛でているかの如く、実に幸せそうである。


 ……。

 な、なるほど…。


 確かにこの様子を見ていると、世の中は平和そのものであり、何も心配することなんてないように思えてくる。

 ようかんを愛でるという、知らない人が見たらちょっと首を傾げてしまうような光景にも関わらず、そう感じさせてくれるところがメイのすごいところだった。

 不思議な説得力のある姿に、思わず納得してしまう。

 と同時に、そろそろようかんが崩れてしまうんじゃないかと心配にもなってきた私の傍らでは、ロックさん達もうんうんと頷いていた。


「本当にこいつは見事なまでに暢気そのものって顔してるよなぁ…」

「見てると、ついあくびが出てきそうになるッスもんねぇ…」

「寝付きが悪い時は、ミメイを数えながら寝るといいぞ。一つ目で寝られる」

「おいおい、寝付きが悪いってお前、手ぇ抜いて仕事してんじゃねぇのか?」

「バカを言え。お前らのマズ飯で胸焼けしてるんだよ」

「今晩もそのマズ飯ッスよ。こりゃあさっそくミメイちゃんの出番になりそうッスね」

「だな」「「だっはっは!」」


 そのまま楽しそうに盛り上がる。

 すると幸せそうな顔をしていたメイが突然、カッと目を見開いた。


「唐突にみんな失礼すぎない!?どれだけ私のこと暢気だって思ってるの!?あと一つ目って何!?ミメイちゃんは世界でたった一人しかいないんですけど!?」


 流石に聞き逃せなかったらしく、いかに自分が暢気じゃないかについて猛然と抗議し始める。

 でもようかんを頬にくっつけたままだったので、残念ながら説得力はあまりなかった。


「ま、ここまで暢気になるのは難しいだろうが、こいつらの言うとおり、うまくいかなきゃ帰ってくりゃいいだけだ。せっかくなんだ、肩の力を抜いて楽しんでこい」

「!うん!」


 そんなメイ達を眺めつつ再びニヤリとするダンテさんに、胸の奥が温かくなってくるのを感じながら私も笑い返す。

 __いつでも帰ってきていい__

 お父さんもそう言ってくれたし、きっと他のみんなだってやっぱり同じように言ってくれるに違いない。

 普段は当たり前のように享受しているけど、いつだって自分を無条件で、温かく迎えてくれる場所があるということが、いかに心強くて幸せなのかを改めて実感する。


「ぐぬぬ…!なんかいい感じにうまくまとめられちゃったし…!でも、今日はようかんがあるから許しちゃう!うふ、うふふ、うふふふふ!」


 うん、明日も頑張ろう!えへへ。


 そうして、またふやけそうな顔でようかんに頬ずりし始めたメイを眺めながら、今日の仕事もほのぼのと終わりを告げる。

 なお余談として、帰り道にマリナさんの家に立ち寄って試験の詳細を教えてもらう約束をしたところ、交換条件として新しく仕事を頼まれることになり、ようかんを顔にくっつけたままメイが元気よくまた悲鳴を上げていた。

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