第16話

「ったく、おめぇらはいつまでくっちゃべってんだ…。ほれ、ついたぞ」


 と、そんな風にして賑やかに歩いていたものの、ため息交じりのダンテさんの言葉に全員が一斉に我に返った。

 目の前には、いつの間にか目的地であるメイの家が見えている。

 思っていた以上に話に集中していたらしい。


「おはよう。今日はよろしくお願いするわ」


 到着すると、間もなくサトリさんとチアキさんが玄関先で迎えてくれた。

 サトリさんはどんなに忙しくても、何かをお願いした際には頼みっぱなしにせず、こうして必ず顔を出す。

 こういうまめなところも、サトリさんがみんなから慕われている理由の一つだった。


「おう。ちとうるさくするぜ」

「何かあれば遠慮なく声をかけて。お昼もたっぷり用意しておくから、気兼ねなく、思う存分仕事に打ち込んでもらって構わないわ」

「やったぁ!」

「「ありがとうございます、サトリの姉御!」」


 思わず小躍りする私の隣で、ロックさん達がビシッと頭を下げる。

 ロックさん達は、マリナさんや私のお父さんだけでなく、サトリさんやトキサダさん達のことも姉御、旦那と呼んでいる。

 歳はそう大きく離れていないんだけど、曰く、尊敬するのに歳は関係ないのだとか。

 それを聞いたメイがさっそく胸を張りながら、

 __なら、私のことも姉御って呼んでいいよ!さあどうぞ!__

 なんて得意げに言い出して、ため息交じりにロックさんにほっぺたをつねられていたのもいい思い出である。


「思う存分って…。はぁ…」


 そのメイは、今は再びどんよりした雰囲気を漂わせていた。

 結局お昼ご飯の想像だけでは元気が出なかったようで、すでに疲れたような顔で大きくため息をついている。

 すると、チアキさんがちらっとメイに視線を移した。


「うひぃ!?な、なに!?私、まだ何もしてないよ!?」


 途端に、ビクッとメイが飛び上がる。

 多分今のはただ見ただけだと思うんだけど、もはや条件反射になっているのかもしれない。


「お嬢様も、流石に今日は形だけでも仕事をしているようですね」

「なんか一言多くない!?」

「それでしたら、お嬢様の分のお食事も用意するとしましょう」

「そもそもお昼抜きの予定だったの!?」


 やっぱり表情は変わらないものの、心なしか満足そうにそう言うと、私達に一礼し、サトリさんと共に家の中に戻っていった。

 その背中を見送りながら、ついにお昼ご飯を人質に取られた…!と今度は頭を抱える。


「くぅ~!今日は久しぶりにうまい飯が食えるぜ!やべぇ、ソラじゃねぇが、楽しみで踊り出しそうな気分だ!」

「俺も、ソラちゃんじゃないッスけどすでに涎が垂れてきそうッス…!」

「なにせ、姉御の作る飯とお前らの作るマズ飯とじゃ、天と地ほどの差があるからな。やれやれ、これじゃソラのことを食いしん坊だと笑えんぜ」

「何言ってやがる、お前の飯だって人のこと言えねぇだろうが」


 一方、朗らかに笑い合うロックさん達の言葉に、私も同じように頭を抱えていた。


 あ、あれ、私って、みんなの中だとそんな感じの子になってるの…?


 確かに美味しいご飯を食べるのは大好きだけど、涎を垂らしながら踊り出すほど食いしん坊だと思われているならば、流石に複雑な気持ちにもなってくる。

 とはいえ口下手な私が否定したところで、きっとまた言いくるめられるか、逆にからかわれるだけだろう。

 なのでここは頼もしい親友が否定してくれることを期待してそちらを向いたものの、そのまま連動するようにして目を逸らされてしまった。

 相変わらず素直かつ勘のいい子である。


「んじゃ、まずは足場を組み立てんぞ!」

「うす!」「了解ッス!」「分かりました」「うへぇ…」「あ、うん」


 期せずして知ってしまった、思いもよらない事実にガックリと内心で地面に手をつくも、ともあれダンテさんの一言により作業が始まれば、それもすぐに頭の隅へと追いやられる。


 補修作業は、対象のほとんどが高いところにあり、しかもそれなりに範囲があるので、しっかりと足場を組んだ上で行う。

 私達が担いでいたのはそのための木材で、修繕箇所も複数あるため手持ちのものだけでは足りず、何度も工房を往復しつつ組み立てていく。


 目下の作業に必要な足場を組み終われば、いよいよ分担して作業開始。

 実際に足場に上がって作業するのはダンテさん達職人の面々だけで、その間私達は資材や工具、補給用の水分の受け渡し、工房への資材の補充、不要になった足場の解体や、次の足場の組み立てなど、極力四人が補修だけに集中できるようにお手伝いをする。

 このことからも分かるとおり、お手伝いと言ってもやることは多く、しかも四人とも銘々に作業を進め、進捗もまちまちなので、常に全体の様子を見ながら、先を予測してひたすら動き回る必要があるため、最初こそ渋々だったメイもすぐに不満を言う余裕もなくなり、じりじりと焼け付くような日差しの中を一緒になって走り回っていた。


 そうして忙しく駆け回ったり、待ちに待ったお昼ご飯をロックさん達と一緒に夢中になって食べたり、休憩の度にもう働きたくないと木にしがみつくメイを宥めたりしながら作業は進んでいき、日が暮れる前になんとか完了。

 その後は工房に戻って、大都に卸すための商品作りに取りかかった。

 と言っても今日は衣類の作製はしないので、私達はここでもやっぱりお手伝い。

 そしてもちろん、工房の中でもやることはたくさんあった。


「あ、悪いんスけど、ヒノキを取ってきてもらってもいいッスか?丸太ごとお願いするッス」


 そう声をかけてきたバッツさんの周囲には、木の板が円を描いてずらりと並んでいる。

 今作っているのは桶。

 ごくありふれたものだけど、バッツさんの作るものは長持ちすると好評で、卸先では毎回良い値で引き取ってもらっていた。


「丸太ごとっ!?もうすでに腕が上がらないんだけど!?」


 即座にメイがぷるぷると震える両腕を前に出して、もう働けないアピールを始める。


「なら、ついでに鉄鉱石も頼むわ。荷車半分くらいでいいぜ」

「今の私の話聞いてた!?『なら』っておかしくない!?」

「なんだ、やっぱり元気じゃねぇか」


 すると、すかさず炉の前で金槌を振り下ろしていたロックさんから、からかうような口調で追加の注文が入った。

 カァン、カァン、とリズムよく聞こえてくる独特の音が心地良い。


「……」


 その隣ではホートさんが、ロックさんの打った鉄の部品を曲げたり削ったりしながら黙々と作業をしている。

 幅広く作業を引き受けてくれる職人組のみんなだけど、得意なものというのはやっぱりあって、今しているようにバッツさんは木材の加工、ロックさんは鍛冶、ホートさんは装飾品などの細工をそれぞれ得手にしていた。

 ロックさんとホートさんの作品も、バッツさんの作るものと同じく評判がいい。

 ちなみに親方であるダンテさんはすべてが得意で、時には三人分の作業を一人でこなしたりもする。

 もちろんダンテさんの作る品も大好評で、いつも当たり前のように売れる。


「全然元気じゃないから!もう元気なんてひとかけらも残ってないから!これはこれ以上無茶な仕事を振られないように、なけなしの力を振り絞ってるだけなの!例えるなら、最後に一瞬だけ強く輝く蝋燭みたいな状態なの!」

「なんだそりゃ…」

「どう見ても元気じゃないッスか…」

「まあ、いつものことだが」


 クワッと目を見開いて一生懸命疲れていることを訴えるメイに、ロックさん達がやれやれとため息をつく。

 確かに身振りに手振りも使って全身でアピールをする今の様子を見る限りでは、まだまだ元気なように見える。


「ふふ、それなら私が行くよ」


 ともあれ実際、炎天下の中を重たいものを持って走り回ったわけだから、疲れているのは間違いないわけで、思わずクスリとしつつそう続けると、再びぷるぷると震える腕を掲げていたメイが、途端に顔を輝かせて勢いよくこちらを向いた。


 __メイ、頑張ってたもんね。ここは私に任せて__

 __そ、ソラちゃん…!

   うぅ…、やっぱり持つべきものは優しい親友だよ…!__


 多くを語らずとも、生まれたときから一緒にいるメイとは、目を合わせればお互いの言いたいことなんてすぐに分かる。


 幸い、私の方はまだ余裕があるし…。


 感極まったように目をうるうると潤ませたメイが、そのまま私に飛びつこうとする。

 しかし。


「くおらぁ、ソラァ!それを甘やかすんじゃねぇ!ならミメイ、おめぇは水汲んでこい!終わったら掃除だ!!」


 すかさずダンテさんから怒声が飛んできたので、途中で勢いを失ったメイは、私ではなく、地面と抱擁を交わすことになってしまった。

 べちん、と顔面から落ち、ふぉぉ…!と顔を押さえて転げ回る。


 だ、大丈夫…?


「次サボろうとしやがったら、アダマンタイトを運ばせんぞ!」

「そ、そんなぁ~…」


 顔を上げたメイがちょっと涙声になりながらダンテさんの方を振り返るも、ギロリと睨まれて飛び上がるようにして立ち上がる。

 そして慌てて水汲み用の大きな桶を抱えると、よたよたと村の中心にある井戸へと向かっていった。

 ちなみに鍛冶では大量の水を使うので、井戸まで何回も往復しなければならず、水くみも結構な重労働になる。


 が、頑張って…。


 悲愴感漂うメイの背中を見送りつつ、私も荷車を引いて資材置き場へと足を進める。

 資材置き場には未加工の丸太や鉱石に始まり、加工済みの木材やインゴットなど、様々なものが地下室に至るまでみっちりと積んであり、その中には今ダンテさんが口にしたアダマンタイトのように、希少鉱石と呼ばれる素材もいくつか存在した。


 希少鉱石。

 名前のとおり珍しい鉱石のことで、金や銀などがこれにあたる。

 鉄など一般的な鉱石にはない特性を持つものが多く、例えば金は、錆びない、非常に軽い、光を受けると緩やかに発熱するという特徴があるため、装飾品だけでなく工業用としても多く利用されている。

 寒冷地では室内調度品に金が多く使われるというのも有名な話だった。

 私達の村に金鉱石はないので、どのくらい温かくなるのかは分からないけど、確かに燃料も使わずに温かくなるのであれば、用途はいくらでもあるだろう。

 私はこの不思議で神秘的な希少鉱石が大好きで、よくサトリさんの部屋で関連する本を読ませてもらったり、ダンテさんに話を聞かせてもらったりしている。

 メイと資材運びを代わったのも、鉱石を見たかったからという理由がまったくなかったと言えば噓になる。

 希少鉱石の研究はここアリガルースを始め大陸中の国で盛んに行われているけど、未だに分からないことは多く、知れば知るほどそのロマン溢れる謎に魅了され、想像を膨らませてしまう。


 特に、この鉱石なんて謎だらけだもんね。


 鉄鉱石を荷車に積み込み終えると、視線は無意識に一つの鉱石へ。

 そこには、私の一番のお気に入りであるミスリルがあった。

 淡い緑を帯びた、金属なのに少し透明感のあるミスリルは、金のように軽く、高い展性を持つ一方で、非常に固い。

 さらにはそれらに加えて、衝撃の大きさに応じてその硬度を変化させる、小さな傷ならたちどころに自己修復するといった特性まで持っており、他にも条件は不明だけど、氷のように冷たくなったり、逆に金のように温かくなったりと、まだまだ未解明の特性もあるらしいことが分かっている。

 ミスリルは希少鉱石の中でも、化石樹と並んで謎の多い鉱石なのである。

 もっとも、化石樹の方はそもそも鉱石なのかすら分かっていないんだけど。


 ミスリルの隣には、厚い鉄板の上に載った握り拳大のアダマンタイトがあり、そこだけ棚の下にも突っ張り棒が設けられている。

 その理由は、アダマンタイトの重さにあった。

 アダマンタイトはミスリルや金とは逆に非常に重く、握り拳大の大きさのものを運ぶのに、バッツさんとホートさんが二人がかりにならなければいけないほど。

 しかし強度はミスリルすらをも超え、いわゆる「重くて固い」という、希少鉱石の中では珍しく分かりやすい特性を持つ金属である。

 私の知る限り、重さと固さはアダマンタイトと化石樹の二つがあらゆる素材の中で群を抜いている。

 そしてこのアダマンタイト然り、ミスリル然り、曲者揃いの希少鉱石は、当然加工するにも相当な技術を要するんだけど、ダンテさんはこれらの扱いにも長けているのだった。


 今度、オリハルコンについても教えてもらおう…っとと、いけない。


 また想像が膨らみかけたところで、今は仕事中だったということを思い出す。

 好きなことになると、ところ構わず夢中になってしまうのが私の悪い癖。

 なので頭を振って意識を切り替え、鉄鉱石の他にも頼まれた資材を荷車に積み込んで、急ぎ工房へと戻ることにした。

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