第15話

 そして翌日。


「オラァッ、ちんたらやってんじゃねぇぞ、ミメイ!さっさと出発すんぞ!」

「うひゃあ!」


 威勢のいい怒声が飛んできて、積まれた木材の前でうろうろしていたメイが飛び上がった。

 声の主は、今日私達がお手伝いをする工房の親方であるダンテさん。

 小柄だし、もう六十になる村でも最高齢のお爺さんなんだけど、大きな地声や鋭い眼光は年齢をまったく感じさせない。

 歯に衣着せぬ口調やさばさばした気性の、いかにも職人という雰囲気のダンテさんは今日も活力に溢れており、腰周りに大小様々なたくさんの工具を下げ、肩にも足場を組むための大きな建材を担いでいる。


「おいおい、さっそく親方に怒鳴られてんのかよ…。ったく、あいつのサボり癖は年々悪化していくな…」

「まあ、今日は来ただけまだマシとも言えるッスけどね」

「ソラがいるからだろ?サボりもここまでくると逆に感心するな」


 そう言って、同じく工具を身につけ、肩に建材を担ぎながら呆れた顔を見せるのは、お弟子さんのロックさん、バッツさん、ホートさんの三人。

 元々は傭兵をしていたという三人は、みんなトキサダさんに負けず劣らず立派ながたいをしている。

 洒落者のロックさん、特徴的な喋り方のバッツさん、三人の中でも身体がひときわ大きいホートさん、そして親方であるダンテさんの四人は村の職人さんで、ちょっとした道具の作成から家の修繕まで、様々な仕事を請け負ってくれていた。


「なんでこんなに言われてるの私!?どれを運ぼうか、ちょっと迷ってただけなんだけど!?」


 クワッと目を見開いて振り返るメイの後ろには、木材の他にも、金属など様々な種類の素材が山積みされている。

 ここは工房の資材置き場。

 私達のようにお金のない村では、基本的に何をするにも自分達でやらなければならず、このため工房は金属加工のための炉や金床を始め、木材加工や細工用の設備など、あらゆる作業に対応できる環境が整っていた。

 ただ、工房の大きさ自体は村の規模に準じてやはり小さい。

 さらには四人が寝泊まりする寝室や台所まであるので、中はかなりごみごみした感じになっている。


「どうせ、少しでも軽いのにしようとか思ってたんだろ?」

「ぎくっ」


 からかうようにロックさんが口の端を上げると、途端にメイの目が泳いだ。

 ロックさん達も私達のことは小さい頃からよく知っているので、考えていることなんてすっかりお見通し。


 特にメイは行動がとても素直だから…。


「荷車なんだからどれでも大して変わらねぇよ。ほれ、また親方の雷が落ちる前にさっさと運んどけ」


 言いながら無造作に空いている方の手で木材を荷車に放り込み、一足先に歩き出していたダンテさんの後へと続く。

 私達がこれから向かうのはメイの家で、今日はその修繕をする。

 というのも実は私が大都に行く数日前に、近年まれに見る激しい嵐があったのである。

 ただ幸い被害自体は軽微で緊急性はなく、だから本来ならこんなに人数はいらないんだけど、経年により色々とガタがきていたこともあって、これを機に一気に直してしまおうという話になったのだった。


「うぅ…、これ絶対女の子がやる仕事じゃないよ…。こういうときこそ筋肉お化けのトキサダの出番なのに…」

「トキサダの旦那はミーア達の護衛じゃないッスか」

「山賊だの筋肉お化けだの、旦那も散々な言われようだな…」


 苦笑いするバッツさんとホートさんもそのあとに続くと、メイもブツブツと口を尖らせながら、資材などで山積みになった荷車を引き始めた。

 ちなみに、目つきが鋭く声が大きいダンテさんと、大きな身体に大小様々な傷跡を残すロックさん達も、その風貌からメイには山賊一家みたいだなんて言われている。


「あぁ~…、やりたくない~…。しかも私の家で作業するってことは、どうせお母さんかチアキに何か見咎められて、またお説教されるってことだし…。あぁ~…、ますますやりたくない~…」


 お説教は確定なの…?


 よっぽど嫌なようで、いつもは跳ねるようにぴょんぴょんと揺れる後ろ髪までしょぼんと力なく垂れている。

 メイは仕事の中でも力仕事が特に大嫌いだから、きっと嫌がるだろうとは思っていたけど案の定だった。

 なので、すかさずとっておきのおまじないを教えてあげることにする。


「そういうときはね、頑張ったら頑張っただけお腹が空いてご飯が美味しくなる、って考えると元気が出てくるよ。ほら、想像してみて。たくさん働いてお腹ペコペコになったメイの前には、ほかほかと湯気を立てる美味しそうなご飯が…」


 でも言いながら私自身自然と想像が膨らんできて、じわぁとたちまち口の中に唾が溢れ出てきた。

 今日のお昼を作ってくれるのは熟練のお手伝いさんであるチアキさん。

 私の好みを知り抜いた、サトリさんに負けず劣らずの料理の達人である。

 そんなただでさえ美味しいチアキさんの料理を、空腹状態で食べたらどうなるか。

 震える手で一口目を運んで噛みしめた瞬間、心は天へと舞い上がり、私は理想郷の住人となっているに違いない。

 言うなればこれは「約束された至福」なのであり、それを思えば自ずと気持ちが高まってくるのは必然のこと。

 昨晩なんて、ワクワクしすぎてなかなか寝付けないくらいだった。


 …ごくり。

 はっ…!いけないいけない…。


 メイを元気にするために話をしているのに、つい想像に夢中になってしまった。

 それに今は両肩に建材を担いでいるので、もしも涎が垂れたりなんてしようものなら大変な絵面になってしまう。

 そうなる前に慌ててのみ込んでおく。


「ね、元気になるでしょ?実は私ね、今日のお昼ご飯、昨日からもうすっごく楽しみだったんだ~。何を作ってくれるのかなぁ」

「あー、うん、ソラちゃん、食べるの大好きだもんねぇ…。ふふふ、ソラちゃんは可愛いなぁ…」


 ともあれ、そんな風にしてますますやる気を漲らせながら、確かな説得力をもって励ましたつもりなんだけど、肝心のメイの方は元気になるどころか、逆に力なく笑ってガックリと肩を落としていた。


 あれ…?


「ったく、お前には一番楽な荷車を任せてるってのによ…。こんなサボり魔に王城勤めなんて務まるのかねぇ…」

「王城なら人もたくさんいるから、多少サボってたって見つからないもーん」

「すでにサボる気なんスか…」


 一転して今度は、ふふんとちょっと得意げに胸を張るメイに、ロックさんとバッツさんが呆れた顔を見せる。


「まあミメイも心配と言えば心配だが、それよりも俺はソラの方が心配だけどな…」


 しかしホートさんがぼそっと呟いた途端、ロックさんとバッツさんが同時に私の方を向いた。

 そのまましみじみと三人が頷くのを見て、思わず怯んでしまう。


 う…、な、なんとなく言われるような気はしてたけど…。


「だ、大丈夫だよ。仕事を通してなら何とか喋れると思うし、メイも一緒だから…。といっても、そもそもその前にまだ試験に受かるかどうかも分からないんだけど…」


 でもいい判断だと褒めてくれたマリナさんの言葉を励みに、細々と反論を試みる。


「試験の方はマリナの姉御に教えてもらえばまず大丈夫だろ。それに、俺達が心配してるのは人見知りの方じゃねぇ」

「え?」


 ところが、返ってきたのは予想外の答えだった。


 ほ、他にもなにか心配事が…!?


 しかも人見知り以上の心配事となれば、相当なものである。

 驚きに目を瞬いていると、やっぱり自覚なしか…、とロックさん達が困った子を見るような目になった。

 そんな三人の様子に、私がますます怯んだことは言うまでもない。


「ちょっと、ちょっと、三人とも!せっかくソラちゃんが行く気になってくれたのに、水を差すようなことを言わないでくれる?確かにソラちゃんはちょっと内気な子だけど、真面目だし、しっかり者だし、頼りになるし、料理も上手だし、可愛いんだから、人見知りの他には心配することなんて何もないでしょ!」


 すると、メイが颯爽と間に割って入ってきてくれた。


 め、メイ…!


 思わず縋るようにして目を向ければ、荷台を引きながら、頼もしい笑顔でぐっと親指を立てている。

 なにやら荷車を引いている方の腕がぷるぷるしているけど、多分片腕だけだと思っていたよりも重かったのだろう。

 そこは見なかったことにするのが友情だと思う。


 兎にも角にも、親友の言葉に少し自信が戻ってくる。

 しかし、それもごく短い間だけのことだった。


「それなら聞くが、ソラ。例えば、いつもよく働いているからお礼に今夜は屋敷で食事でもどうか、なんて貴族の野郎から誘われたら、お前、どうする?」

「え?」


 何の脈絡もなく唐突にロックさんに尋ねられて、咄嗟に首を傾げてしまう。

 でも、私を見るロックさんの表情は大真面目だったので、戸惑いつつも素直に思ったことを口にする。


「え、えっと、メイも一緒に行っていいのなら、ありがたくご馳走になると思うけど…。厚意を断るのも申し訳ないし、何より料理が気になるし…」


 貴族の料理なんてきっと一生縁がないものだろうから、たとえ初対面の人の家であっても、機会があるなら是非とも食べてみたい。


「同じく貴族の野郎に疲れたからちょっとマッサージをしてくれって、誰もいない部屋に呼ばれたらどうするッスか?」

「給金を出すから個人的に身の回りの世話をしてくれ、とか貴族の野郎が頼んできたらどうする?」


 まだ見ぬ料理を想像して、また唾がたまってくるのを感じながら答えると、続けてバッツさんとホートさんも次々と質問をしてきた。


「うーん、そのままマッサージしてあげるかな…?肩たたきとかは時々お父さんにもしてあげるし、それくらいなら一人でも大丈夫だと思うから…。身の回りのお世話ということは、お掃除とかだよね?それなら、本業に支障がなければ引き受けるかなぁ…。みんなへの仕送りも増やせるし…」


 なので相変わらず質問の意図は分からなかったけど、同じように心のままに答える。


「「……」」


 しかし、何故か沈黙が降りてしまった。

 どうやら何かが駄目だったらしい。

 三人がものすごく心配そうな顔になったあとで、なっ?とメイに目を向ける。


「……」


 釣られて私も顔を向ければ、親友が笑顔のまま固まっていた。

 笑みこそ浮かべてはいるものの、そこからは三人と同じ気持ちであることがひしひしと伝わってきて、確かに心配…!と大きく書かれたその頬を、ツツーッと一筋の汗が伝っている。


 め、メイまで…。


「…いいか、ソラ。王だろうと貴族だろうと関係ねぇ。野郎が何か話しかけてきたら、とにかくまずはミメイに相談しろ」

「もし相談する時間もくれないんなら、その時点でそいつは魔獣確定ッス。下心しかない敵ッス」

「ああ。遠慮なく引っぱたいて逃げ帰ってこい」

「え、ええ…!?」


 ま、魔獣…!?敵…!?


 でも親友の正直な反応にショックを受ける間もなく、立て続けにとんでもない単語が出てきて、もはや戸惑いを通り越して混乱してきた。

 私達がこれから向かおうとしているのは、兵士もたくさんいる安全な王城なんだけど、さっきからみんないったい何の話をしているのだろうか。

 しかし教えてもらおうにも、全員が大真面目な顔をしているものだから、どうにも聞くのを躊躇ってしまう。


「頼んだぞ、ミメイ」

「うん、任せといて!ソラちゃんは絶対私が守ってみせるよ!」

「なんか、いつになくミメイちゃんが頼もしく見えるッス…!」

「今ならルーフゥの旦那の気持ちがよく分かるな…」


 そうこうしているうちにも話は進んでいき、最後はなにやらお互いに頷き合って謎の結束を見せる四人。

 なんだかちょっと寂しかった。


 いいもん、あとでメイに教えてもらうもん…。

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