第18話
翌日は、また別の場所でお手伝い。
村は小さいけど、なにぶん自給自足が原則なのでやることはたくさんあった。
「それでは、今日は薬草と毒草の仕分けをお願いします。もう御存じだとは思いますが、毒草の中には、手袋の上からでも触れただけで即死するものもありますので、十分注意して下さいね」
「どう注意しろと!?」
さらりと出てきた物騒な言葉に、さっそく仕分けをしようとかごに手を伸ばしかけていたメイが、ビクッと手を止めて後ずさった。
今日のメイは、長袖の作業着の上から前掛けをし、手には手袋、口元にも布を巻いてしっかりと肌を覆うという、真夏とは思えない格好をしている。
ちなみに私もまったく一緒の格好である。
そ、即死って…。
同じく私もドキリと手を止め、メイと一緒になって顔を向ければ、村の薬師であるアーデさんが、眼鏡の向こう側で目を細めてニコニコと穏やかに笑っている。
糸のような細い目、ボサボサの頭、白衣、丸い眼鏡がトレードマークのアーデさんは私達よりも十も年上なんだけど、誰に対してもこんな風に丁寧な物腰で話をする。
ただ。
「すみません、冗談です。いくらなんでも、そんな危険なものをお任せしたりはしません。せっかく来ていただいているのですから、少しでも楽しんでもらえたらと思ったのですが…。どうやら失敗してしまったようですね」
「どうして今ので楽しめると思ったの!?」
メイがクワッと目を見開くと、困ったように笑いながら、すみません、ともう一度謝った。
このとおり、アーデさんは少し…いや、だいぶ変わった人なのだった。
それは何も今の会話に限ったことではなく、例えば、ちらりと目を向けた先の食卓の上には、何気なく花瓶に花が生けてある。
もちろんこれだけならごく普通の風景なんだけど、問題なのは活けてあるのが毒花だというところ。それもかなり強力な。
他にも、台所では鍋の中で不穏な色をした液体がぐつぐつと煮えたぎって独特の匂いをさせているし、日常的に使う食器はほとんどが実験用の機材と兼用。
棚の中にも、食べ物の代わりによく分からない薬壺や薬草が並べられている。
アーデさんを変わり者たらしめている理由の一つがこれで、ここは住宅としてだけでなく、研究室と調合室、さらには保管庫も兼ねていることから、日用品に交じって至る所に薬やその原料が存在し、光もほとんど入らないように締め切られているために、かなり怪しい雰囲気が漂っていた。
薄暗い室内でキラリと眼鏡を光らせるアーデさんは、トキサダさんやマリナさんとはまた違った迫力がある。
腕は確かだし、すごくいい人なんだけどね…。
ちなみにミーアは、怪しい雰囲気に加えて、大嫌いな薬がたくさんあるこの家のことを「わるいまほうつかいのいえ」と呼んで、絶対に近づかない。
「さて、冗談はこれくらいにして、さっそくお願いしますね。とはいえ、毒草が危険であることに間違いはありませんので、そのことだけは常に念頭に置いておいて下さい。一応、いざという時のために解毒剤も用意していますが、使わないに越したことはありませんからね」
「うん」
「はーい」
そう言ってアーデさんが数種類の小瓶を作業台に置いたのを合図に、さっそく仕分けを開始する。
対象の大かごに目を向ければ、ドクダミ、アジサイ、ミント、マンドラゴラ、トリカブトなど、様々な種類の草花がごちゃごちゃに入り乱れていた。
いずれも北の森で採取してきたもので、毒草や毒花も含めてすべて薬の材料となる。
昔は毒が薬になると聞いて首を傾げたものだったけど、アーデさんが言うにはこれらは表裏一体で、どちらも用法次第で簡単に入れ替わるものなのだとか。
なので、まるで普通のお花のように飾ってあるという点はともかく、保管庫も兼ねているこの家に毒草や毒花があること自体は、なんらおかしいことではなかった。
しかし。
「この色、艶、ああ…なんて美しいのでしょう…。フフフ…」
案の定、仕分け作業を始めて間もなく、室内の雰囲気に負けないくらい怪しい呟きが聞こえてきたので、思わずメイと顔を見合わせて苦笑いしてしまう。
そのまま一緒に目を向ければ、いつもどおり布で顔を覆っていても分かるくらいうっとりとした表情で、トリカブトを眺めるアーデさんがいた。
実はアーデさんは、薬の材料という以上に薬草や毒草自体が大好きなのである。
中でも特に強い毒のあるものを好むので、本人には申し訳ないと思いつつも端から見ると怪しいことこの上なく、ミーアに悪い魔法使いと言われるのも頷けてしまう話だった。
なお、これがアーデさんが変わり者だと言われるもう一つの大きな理由である。
「アーデさんって、なんであんなに毒草が好きなんだろうねぇ…。もう見慣れたけど、この光景だけ見るとかなり危ない人に見えるよねぇ…」
「ミーアなんて、アーデさんを見るだけでちょっと泣きそうになってるもんね」
「なってるなってる。私も昔はこの家が怖くて仕方なかったなぁ…。まあ、今も今で、色々と分かってしまうからこその怖さがあるんだけど」
「確かにね、ふふ」
そんなアーデさんを尻目に、私達の方はひそひそと言葉を交わしながら作業を進めていく。
仕分けは小さい頃から幾度となくしてきた作業なので、アーデさんの挙動も含めてもう慣れたもの。
力仕事ではないし、お喋りをしながらでも進められるため、メイもこの作業はあまり嫌がらずに取り組む。
「いい人なのにアーデさんが結婚できないのって、絶対毒草が好きすぎるからだよね~。もはや毒草と結婚してるって感じだもん」
「結婚かぁ…」
したり顔で肩をすくめるメイの言葉に、ふと考えてしまう。
いつか私達も誰かと結婚するのだろうか。
あと一年たって十六になれば私達ももう成人、結婚できる歳となる。
結婚なんて今まで考えたこともないし、そもそもお付き合いしている相手がいるわけでもないんだけど、お父さんとお母さんの幸せそうな様子を思い出すと、やっぱり憧れる気持ちはあった。
結婚するんなら、私はお父さんみたいに優しい人がいいなぁ…。
それに、ミーアのような可愛い子供も欲しいな~。
お父さんも入れて四人家族で…、いや、五人家族もいいかも…。
ただ、そんな風にして想像を膨らませていたとき。
事件は起こった。
「ああ、結婚と言えば…」
「「ひゃあ!?」」
不意にアーデさんが声をかけてきたので、二人してビクリと飛び上がる。
ひそひそ声で話していたつもりだったんだけど、いつの間にか普段どおりの調子になっていたらしい。
あっ、と思った時にはもう遅く、驚いた拍子に手に持っていた毒草を引きちぎってしまった。
し、しまっ…!
瞬間、サァッと血の気が引いていく。
もしこれがただの毒草なら、ここまで動揺することはなかった。
しかし悪いことに、この時手にしていたのはあの「マンドラゴラ」だったのである。
マンドラゴラはちょうど人の形をしたニンジンというのがぴったりの姿をしていて、ぎゃー、とでも言いたそうな顔のような部分まである結構不気味な毒草。
それだけに、両足のように分かれた部分が引き裂かれたという今の状態は、結構凄惨な感じになっている。
でも差しあたり問題なのはそのことではなく、マンドラゴラは裂けたり傷ついたりするとすさまじい声で「叫ぶ」という点だった。
マンドラゴラ自体に毒はないのに毒草に分類されている理由がこれで、この叫び声を間近で直接聞いてしまうと、場合によっては気絶して、数日間は目を覚まさない。
「耳塞いで!」
そんなわけで、慌ててマンドラゴラから手を離しつつ二人に声をかける。
幸い、二人とも状況をしっかり把握していたようで、すでに耳に手を当てて備えていた。
それを確認しながら私も急ぎ耳に手を当てる。
刹那。
ィィィィォォオオァァ________ッッ!!!!
甲高いのか低いのかすら分からない、声というよりも、いっそ衝撃と呼んだ方がいいような大音量でマンドラゴラが叫んだ。
ひ、久しぶりに聞くとやっぱり強烈…っ!
耳を塞いでいてもなお、それを突き抜けて頭を揺さぶってくる。
たちまち目の前がチカチカし始め、上下の感覚が怪しくなる。
ただありがたいことに、叫びは時間にすればほんの一瞬にすぎない。
膝をつく前に音は止んでくれたので、まだちょっとクラクラしつつも耳からゆっくりと手を離し、ホッと息をついた。
メイとアーデさんの二人も気を失うことはなかったようで、ヨロヨロと頭を振っている。
「ご、ごめんなさい…」
マンドラゴラの特性はもう十分理解しているはずだったのに、つい油断してしまった。
気をつけて、ってさっきアーデさんも言ってたのに…。
謝ると、アーデさんも申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「い、いえ、私の方こそ、不用意に声をかけてしまって申し訳ありませんでした…。ミメイさんも大丈夫ですか?」
「な、なんとか…。うぅ…、ごめん。私が結婚とか余計なことを言い出したばっかりに…」
アーデさんに続いてメイも謝り、結局三人全員で反省をする。
そんな中、騒ぎの中心となった引き裂かれたマンドラゴラは、今は「ぎぃぃやぁあああーーーー!?」といった感じの顔に変化していた。
なんとも後味の悪い植物である。
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