第13話
「そ、それはともかく、マリナさん!昨日のお菓子、あれ何なの!?未だに思い出しただけで気持ち悪くなってくるんだけど!?ね、ソラちゃん!」
「すごかったよね。はい、これ。せっかくもらったのに申し訳ないんだけど…」
「しまった!早く誤魔化さなくては…!」と大きく顔に書いてあるメイの様子に苦笑いしつつ、厳重に封をしたお菓子の小袋を返す。
と、ニヤリとマリナさんが笑った。
「とんでもなく甘かったろう?」
「あ、やっぱり確信犯だった!うぐぐ…!」
「本当にとんでもなかったよ…」
焼けるように甘いという人生初の衝撃的な体験を思い出して、メイと一緒にジトッと恨みがましい目を向けるも、一方のマリナさんは、いい経験だったろ?なんてしれっと笑っている。
交渉事に熟れた熟練の商人であるマリナさんには、私達の非難の視線など痛くもかゆくもないに違いない。
「白砂糖がふんだんに使われてるからね、甘いはずさ」
「白砂糖ッ!?」
しかしマリナさんがそう続けた途端、メイが悲鳴のような声を上げた。
クワッと目と口を開いて、マリナさんの手にある件の小袋を穴が空くほど見つめている。
白砂糖と言えば、ただでさえ高価な砂糖の中でも最高級にあたる代物。
というのも私達平民の口にもなんとか入る、花の蜜や樹液を煮詰めて固めただけのものとは違い、何度も精製を繰り返して作られる白砂糖は純度が極めて高いのである。
このため作製にはかなりの手間暇がかかり、しかも精製の段階でどんどん量が減っていくので、最終的に取れるのはごく少量だけであり、挙げ句には材料となるサトウキビ自体がそもそも希少なこともあって、白砂糖は希少金属の金と同じ値段で取引されていた。
そんな最高級品である白砂糖は、純度が高い分甘みも強く、雑味や香りもまったくない。
なのでそのまま食べる分にはむしろ精製しない方が美味しいくらいなんだけど、僅かなさじ加減一つで出来が大きく左右される、お菓子のような繊細なものの材料としてはこれ以上適したものはなく、高価な品であるにも関わらず、いつでも飛ぶように売れるほどの需要があった。
つまり、メイみたいにお菓子作りが好きな子にとって白砂糖は夢の素材であり、なのにそれがこんな残念な形で使われていると知ったわけなのだから、胸中穏やかでいられるはずもない。
ミーアが見たら大はしゃぎしそうな、なんとも形容しがたいすごい顔で固まるメイの様子が、そのことを如実に示していた。
「貴族って奴は何よりも見栄やら体裁やらを大事にするからねぇ…。菓子もそれを保つための手段の一つで、味は二の次。この国じゃ王族も元は貴族だから、やはり考え方は同じなんだよ」
ふん、と呆れたように肩をすくめる。
マリナさんの手の動きに合わせて、メイの顔も上下に動いているのがちょっと面白い。
「色や香りもどぎつかったろ?あれにも同じく高級な素材が使われてるんだが…、ま、食ったアンタ達は聞かない方が幸せさね」
「「何が入ってたの!?」」
ニヤリと笑うマリナさんの言葉に、見事にメイと言葉が重なった。
間髪を入れず、ぶわっと嫌な汗が出てくる。
マリナさんのことだから、食べても問題ないと確認した上で渡してくれているんだろうけど、昔、同じようにプレゼントしてくれた食べ物の中に「芋虫団子」というものがあったことを私は忘れていない。
あの食感、味。
話を聞く前までは好ましく思っていたものが、聞いた途端にすべて真逆の印象になるという、世の中には知らない方がいいこともあるのだと身をもって理解した出来事で、あれ以来、私は芋虫とお団子が苦手になった。
あ、なんか気持ち悪くなってきちゃった…。
「それにしても、ぐぬぬ…!私達なんて、ものすごーく少しずつしか取れないお花の蜜をひたすら地道にかき集めたり、鼻水も凍りそうな日に頑張って木に穴を開けたりして、ようやく小さなお菓子が作れる程度のお砂糖が手に入るくらいなのに…!なのに憧れの白砂糖を!そんなかっこつけだけのために!しかもこんなにひどい使い方をするなんて!うがー!!許せな~い!!」
ただ顔色を悪くする私の一方、メイにとっては謎素材の恐怖以上に怒りの方が強かったらしい。
すぐにだむだむと地団駄を踏み始めた。
手を振り回しながら地団駄を踏むという、ちょっと踊っているようにも見えなくもない、可愛らしくも大変なお怒り様に、やれやれとマリナさんが肩をすくめる。
でも、私ならもっと美味しくできるのにー!!と叫んだ瞬間、キランとその目が光った。
「アンタ、菓子作りは上手だからねぇ。なら、ちょいとこの紙に思うように改良したレシピを書いてみせておくれよ」
そのままいつの間に用意していたのか、手に持っていた紙と羽根ペンを何気なくメイに手渡す。
「もちろんだよ!」
すると待ってましたとばかりに、カリカリカリッとすごい勢いでペンを走らせ始めた。
誰とでもすぐに仲良くなれたり、気持ちを鋭く見抜いたりと、メイのすごいところはたくさんあるけど、こうして食べただけでお菓子の作り方を見抜いてしまうのもそのうちの一つ。
私なんて作り方どころか、甘すぎて痛かったという印象くらいしか残っていない。
あ、思い出したらまた気持ちが悪くなってきた…。
「…うん、こんな感じかな!これでもだいぶ甘いだろうけど、サクッとした食感は維持したままだからくどく感じることはないと思うし、香りもアーモンドとかレモンピールとかまず外れないものにしたから、間違いなく美味しいはずだよ!あ、でも、マーマレードとかジャムを挟んで少ししっとりさせても美味しいかも~!」
再びあの時の感覚が口の中で蘇ってきて深呼吸を繰り返す中、間もなくしてメイから弾んだ声が上がった。
書き終えてからもどんどん想像が膨らんでいるようで、今にも涎を垂らしそうな顔で出来上がったレシピをマリナさんに渡す。
「どれどれ…。…ほほぅ、確かにこりゃうまそうだね」
それを面白そうに読むマリナさん。
でもその目は商談に臨む時さながらに鋭く細められており、内容を真剣に吟味していることが分かる。
「……。ふーむ…、毎度のことながら、なかなかどうして大したもんだ。やれやれ、この菓子にかける情熱が、ほんの少しでも仕事に向いてくれればいいんだけどねぇ…」
そうしてしばらくレシピを読み込んでいたマリナさんだったけど、やがて顔を上げると、感心とも呆れともつかない様子で肩をすくめた。
「それは無理な相談だよ、マリナさん」
しかし、ふっと遠くを見つめながら同じようにメイが肩をすくめ返すと、はぁ…、と今度はため息をついた。
続けて、ちょいちょい、とメイを手招きする。
「え、なになに?お礼なら、美味しいお菓子で…いだぶぅっ!?」
そしてうきうきと素直に近づいていったメイの頭に、ゴチン、と景気よく拳骨をプレゼントした。
「何が無理な相談だい。今日もサボったら承知しないよ」
どうやら一連の流れにより、一昨日マリナさんの仕事をサボったことをすっかり忘れていたらしい。
ふぉぉ…!と途端に涙目になって頭を押さえるメイを尻目に、マリナさんがレシピにサラサラと何かを書き込み、別の書類に挟み込む。
その様子を見てなんとなく、マリナさんは始めからこれが目的だったんじゃないかという気がした。
紙とペンもしっかり用意してあったし…。
きっとこのレシピを使って何か一儲けするつもりなのだろう。
それなら、わざわざあれほど美味しくないお菓子をくれたのも納得できる。
でも、どうやって儲けるつもりなんだろ…?
白砂糖を使ったお菓子なんて高価すぎて大半の平民にはまず手が出せないから、取引先は当然お金持ちということになる。
お金持ちと言えば貴族か、あるいはごく一部の大商人だけど、食べればなくなってしまうお菓子にこれほどのお金をかけられるという視点で考えれば、貴族、それも上級に類する格式の家だと判断するのが自然だろう。
つまり素直に考えるならば、メイが改良した高級ながらも美味しいお菓子を作って貴族に売る、あるいはレシピごと買い取ってもらうということであり、一見すると何もおかしなことなどないように感じる。
でもその貴族というのが問題で、彼らを相手に商売するのは、言うほど尋常なことではなかった。
……。
い、いい機会だし、聞いてみちゃおうかな…?
今回のお菓子然り、これまでにも度々貴重な品を私達にプレゼントしてくれたのだって、取引先に貴族がいたからに違いない。
かつての芋虫団子のように、聞けばまた何かとんでもないものが飛び出してくるかもしれないけど、何度か深呼吸して覚悟を決め、好奇心に突き動かされるがまま改めてマリナさんへと向き直る。
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