村の日常

第12話

 翌朝からは、またいつもの日常が始まる。


「おはよ~、ソラちゃん」


 メイの家の玄関で待っていると、すぐにチアキさんに連れられて親友が姿を現した。


「ふふ、おはよう」


 ゆるゆると手を振るメイに、私も振り返す。

 メイと二人、今日からまたお手伝いの仕事が始まる。

 といってもその場所はここではなく、今日はマリナさんの家でお手伝い。

 私とメイの家はマリナさんの家を挟んで東と西に分かれているわけだから、距離的には直接向かう方が早いんだけど、メイを迎えに行くのは昔からの習慣となっていた。


 それに早いとは言っても、そもそもが大した距離じゃないからね。


「ふわぁ~あ…」


 靴を履きながらメイが大きなあくびをする。


 眠そうだなぁ…。


 ただ、あくびをしつつも髪はサラサラと綺麗に整えられ、顔にもごく自然な感じで薄く化粧がかけられており、今日もばっちり決まっている。

 どんなに眠くてもお洒落には一切手を抜かないあたりが実にメイらしい。

 きっと、遅くまで私の服の改造を頑張っていたのだろう。


 ポケットとかなくなってるんだろうなぁ…。


 昨日のことを思い出して内心で肩を落とす中、はぁ…、とチアキさんがため息をついた。


「…お嬢様。あくびをするときは手を当てて下さいと、何度も申し上げたはずですが」

「うぐ…っ」


 ちょっとボーッとしていたメイだけど、チアキさんにそう言われるなり、途端に背筋が伸びた。

 こういったちょっとした仕草に関してもチアキさんは厳しい。

 ちなみにあくびに関しては、私の知る限りこれで八回目である。

 慌てて口に手を当てるメイを見て、チアキさんがまたため息をつく。

 そして私の方を向くと、丁寧に一礼した。


「ソラ、今日もお嬢様をよろしくお願いします。貴女がいればお嬢様もとりあえずは使い物になりますし、いつもとても助かっています」

「なんか私と扱い違いすぎない!?」

「何か言いましたか?」

「何でもありません!」

「ふふ」


 スッと目を向けられて、飛び上がるようにして私の後ろに隠れる。

 いつもどおりの朝の光景だった。


「まったく!チアキは!ホントにもう!」

「まあまあ…」

「まあ実際、ソラちゃんがいなかったら今日もサボるとこだったけどね!」

「えぇ…」


 家を出たあとは、メイと話しながらのんびりとマリナさんの家へと向かう。


 うーん…、今日もいい天気。


 朝にも関わらず、頭上からはすでに強い日差しが降り注いでいた。

 きっと今日も暑くなるに違いない。


 ミーアはどうしてるかなぁ…。


 昨日はちょっとしか会えなかったけど、今日は終日マリナさんの家でお手伝い。

 可愛いミーアとたくさん一緒にいられると思えば、足取りも自然と軽くなろうというものだった。


「今日はマリナさんのところかぁ…。重いものを運ばなくていいのは助かるんだけど、マリナさんも人使いが荒いからねぇ…。嫌だなぁ…」


 一方で、メイは言葉のとおりものすごく嫌そうな顔をしていた。

 両手を頭の後ろに回し、今にもため息をつきそうな表情で口を尖らせている。

 メイは仕事が大嫌いなので、平日の朝はだいたいいつもこんな感じになる。

 その様子に再びミーアのことを思い出して、頬が緩んできた。


「集中していれば、きっとあっという間だよ。あ、そうだ。マリナさんと言えば、昨日のお菓子の感想を伝えないとね」

「ああ、あれね…。う…、思い出しただけでなんか気持ち悪くなってきた…」

「うん、私も…」


 でも続けてお菓子のことが頭に浮かんでくるなり、二人同時に恐る恐ると私の腰にかけられた袋へと視線を移す。

 件のお菓子は、紐でしっかり口を縛った上からさらに二重で袋をかぶせており、一片たりとも匂いが外に漏れ出さないように厳重に封をしてある。

 もはや毒草などの危険物と同じような扱いだった。


「これはもう絶対真意を問いたださないと!」

「そうだね」


 ぐっと拳を握るメイに頷く。


 そんな風にして賑やかに話をしながら歩いていると、間もなく、マリナさんの家に到着した。


「おはよう、マリナさん」

「おはよ~。ああ…、着いちゃった…」

「よく来たね。さ、お入り」


 マリナさんに出迎えられて中へと入れば、まず目に入るのが本や巻物などの書類の山。

 そのほとんどが商売に関するもので、たまに倉庫に収めきれなかった商品が積んであったりと、いかにも商人の家という感じがする。

 サトリさんの書斎のような、いっそ芸術的とすら言えるほどすべてが完璧に整った状態とは違うものの、当然のことながら置かれているものにはちゃんと規則性があって、不思議と雑然とした印象はない。

 もっとも、その規則性はマリナさん達にしか分からないんだけど。


「あれ…?ミーアは外?」


 と、何気なく書類の山を眺めていたものの、すぐにマリナさんの方を振り返って尋ねた。

 というのも先日と同じく、いつもなら真っ先に飛び出してくるはずのミーアが、今日は静かだったからである。

 ミーアは私達を見かければたとえ食事中でも、零れるのをものともせず全力で走り寄ってくるし、そもそも全身からはいつも輝かんばかりに元気を漲らせているので、たとえ寝ていたとしても分かる。


 もう遊びに出かけちゃったのかな?


「ああ、あの子ならエドガーと一緒に今朝早く王都に出発したよ」

「え、王都?」

「私達が来るときはいつも家にいるのに、珍し~」


 しかし、返ってきたのは予想外の答えだった。

 昨日も遊びたがっていたから、てっきり村の中にはいると思っていたので、メイと一緒になって思わず目を瞬いてしまう。

 すると、マリナさんがニヤリと口の端を上げた。


「アンタ達が来るからと直前まで悩んでいたんだけどね。王都に行けば勉強をしなくて済むというのが決め手で、結局くっついていったよ」

「あー、それはなんともミーアらしいねぇ…。ホント、ミーアって三歳とは思えないほど計算高いよね…」

「勉強が嫌で、というところは年相応だけどね。ふふ」


 けど付け加えられた言葉を聞いて、たちまち納得する。

 メイが言うように、ミーアは幼いながらにとても賢い子。

 今みたいにその片鱗を見せて周囲を驚かせることも一度や二度ではなく、これでちゃんと勉強するようになれば、将来はマリナさん達にも負けない立派な商人になるに違いない。

 私達と遊ぶか勉強を避けるか、一生懸命悩むミーアの姿を思い浮かべて、微笑ましい気持ちになりつつも改めて感心する中、きっとマリナさんも同じことを思ったのだろう、ミーアがいつも勉強道具をしまっている棚にちらりと目を向けて肩をすくめた。


「ああ、王都と言えば、聞いたよソラ。アンタ、大招集を受けるんだって?」


 そうしてミーアの話で盛り上がりつつ、みんなで今日の仕事で使う書類の山を運んでいると、不意にマリナさんがそう言って、両手で書類を持ちながらも器用に顔だけを後ろへと向けて、私を振り返った。

 小さな村なので、何かあればこうして話はあっという間に広まる。

 まして今回は兵士が村にやってくるという、数年ぶりの珍しい出来事なのだから尚更だった。


「うん、自分でもまだちょっとびっくりしてるんだけど……あ、メイ、そこ本が出っ張ってるから気をつけて…!」

「ミメイはともかく、人見知りのアンタが王都に行くなんて言い出すとは思わなかったねぇ…。大方、ミメイに泣きつかれてのことなんだろうが、聞いた時は驚いたよ」


 ま、まさかここでも力仕事をさせられるなんて…、とおぼつかない足取りのメイをはらはら見守りつつ返事をする私に、マリナさんが書類を持ったままやはり器用に肩をすくめる。

 腕の上で駄々をこねられるミーアのあの器用さは、きっとマリナさん譲りに違いない。


「こりゃ、しばらくルーフゥが大変なことになりそうだね」

「ルーフゥさん、ソラちゃんのこと溺愛してるからねぇ…。うぅ…、重い…」


 実際マリナさんの言うとおり、お父さんは今朝も皮を剝かずにオレンジを食べたり、ベーコンと間違えてお茶に胡椒をかけたりと、大変なことになっていた。

 一晩たてば落ち着くかと思いきや、むしろ状態は昨日よりも悪化している。

 このままだと行商の仕事どころか日常生活もままならなくなりそうで、今はお父さんのことが一番の悩みの種であった。


 まさか王都へ向かう不安よりも、お父さんを一人にする心配の方が強くなるとは思わなかったよ…。


「まあ、ルーフゥにとっても子離れするいい機会じゃないかね。アンタの人見知りもこれで少しはよくなるだろうし、悪くない判断だと思うよ」

「そ、そうかな?」


 未だかつてないほど動揺するお父さんを見ていたら、なんだかとんでもない選択をしてしまったような気がして段々と不安になっていたんだけど、マリナさんにいい判断だと言われて、再び自分の選択に自信が戻ってくる。


 うん、やっぱりそうだよね。

 私がいつまでも人見知りのままだったら、きっとお父さんをもっと困らせちゃうだろうし、間違いじゃないよね。


 思わずホッと頬を緩める私の隣では、書類を運び終えたメイも何やら訳知り顔で頷いている。


「うんうん。勇気あるソラちゃんの英断は、親友としても鼻が高いよ」

「アンタの方は、サボってすぐにクビになるんじゃないかと別の意味で心配だがねぇ…」

「ぎくっ」


 でも、腕を組んだマリナさんにじろりと迫力ある視線を向けられると、途端に目が泳ぎ始めた。


 そういえば、メイは一昨日マリナさんのお手伝いをサボったんだっけ…。

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