第8話
その後は、メイが作ってくれた美味しいお菓子でまた気持ちを持ち直し、いかにさっきのものが美味しくなかったかで盛り上がりながら、平和にお昼を過ごした。
元々素晴らしい出来だったメイのお菓子だけど、この一件により一層美味しく感じられるようになったというのは皮肉な話。
なお、マリナさんからもらったお菓子の方は、厳重に封印して、丁重にバスケットの中へと戻ってもらった。
そんな風にしてお菓子を食べ終わり、話にも一区切りがついた頃。
それは唐突にやってきた。
「……」
こくり、と私の喉が鳴る。
やってきたのは先ほどと同じ、いや、それ以上のまさに危機とも呼べる恐ろしい状況。
さっきまでの賑やかな雰囲気から一転し、今の私達の間には重々しい沈黙が広がっていた。
「……」
どうしてこんなことになってしまったのか、なんて今更嘆くつもりはない。
お昼ご飯を持って家を出たときから、いつかはこの瞬間が来ることは分かっていたのだから。
とはいえ、頭で分かってはいても気持ちはまた別であり、何食わぬ顔の裏側で再び冷や汗が頬を伝う。
時間が経てば経つほど状況はどんどん悪くなっていく。
だからこの危機的状況を切り抜けるためには、一刻も早くここから立ち去らなければならない。
しかしそのことを分かっていてなお、私は動けずにいた。
「……」
何故なら、私の「何気なく遠くの景色を楽しんでます」風の横顔を、メイがさっきからチラチラと窺っていたからだった。
危機というのは他でもない、私の無二の親友であるメイ本人のこと。
より正確に言えば、メイがこれから切り出してくるであろう話にあった。
私はメイのように人の気持ちに鋭くはないけど、私達は物心つく前からずっと一緒に育ってきただけに、今何を考えてこちらを窺っているのかなんて手に取るように分かってしまう。
ただ幸いと言うべきか、メイはまだ切り出し方を決めあぐねているようで、ひとまずは声をかけてくる様子はなかった。
「……」
「……」
そんなわけで、お互いに相手の出方を窺う私達の間には、沈黙と共に微妙な緊張感が漂っていた。
話を切り出したいメイと、聞かずに立ち去りたい私。
今の状況を客観的に説明するならば、狩人と獲物がばったり遭遇したときのような、お互いの目的は明確なのに動けずにいるというあの雰囲気が最も近いと思う。
この場合はもちろん、私が獲物側である。
まるで薄氷の上に留まっているかのような感覚。
動き出すのは怖い。
でもだからといって、ずっとこのままというわけにもいかなかった。
「さ、さて、もう十分休憩したし、そろそろ戻…」
「わー!待って待って!」
なので意を決して腰を浮かしかけたものの、瞬間、メイにガバッと抱きつかれてしまった。
まさに狩人さながらに、絶対逃がすまいと私の腰をがっちりと掴んでいる。
獲物である私が、半ばパニックになりながら大いに狼狽えたのは言うまでもない。
「は、離して、メイ…!無理だから…!私には王都に住み込みなんて絶対無理だからっ…!」
「分かってるっ、ソラちゃんが知らない人だらけの王都に住むなんて、絶対嫌だと思ってるのはよーーっく分かってるんだけど、お願いだから話を聞いて~!」
悲鳴を上げる私に、必死に訴えかけてくるメイ。
私達の叫び声が響き渡り、丘にまた賑やかさが戻ってくる。
さっきから私が恐れていたのは、こうして大招集の話を切り出されることであった。
ここまではご飯やお菓子があり、メイの注意も完全にそちらへと向いていたから安心していたんだけど、それが終われば、一番の関心事である大招集のことを切り出してこないはずがない。
そして都会に憧れるメイが大招集に応じないわけもなく、これから一緒に行こうと誘ってくるであろうことも、同じくよく分かっていた。
もちろん、その気持ちは嬉しい。
私だってメイと離れるのは寂しいし、出来ることならお願いを聞いてあげたいとは思っている。
しかし、品物を卸しにいくだけで膨大な精神力を消費し、知らない人とすれ違う度にビクビクしている私には、どう考えても村の静かな暮らしの方が向いているのであって、大都以上に大きな王都で働くなど、まして住み込みでなんて、たとえ天地がひっくり返ったとしても上手くいくはずがない。
いくら親友の頼みとはいえ、こればかりは首を縦に振るわけにはいかなかった。
「話を聞くだけ!話を聞くだけでいいからっ、ね?お願い!」
とはいえ、メイがこれほど食い下がっているのはそれだけ一緒に行きたいと思ってくれているからで、全体重をかけて私の腰にしがみつきながら一生懸命お願いしてくる姿を見て、流石に少し心が揺らいでしまう。
ま、まあ、話を聞くだけなら…、い、いいかな…?
私の決意はとても固く、これ以上はもう本当に絶対に動かないとは思うけど、
それでメイが納得してくれるのなら、ここはちゃんと聞いてあげた方がいいかもしれない。
「うぅ…、分かったよ…。で、でも、本当の本当に、話を聞くだけだからね?」
そう思い直し、情けない顔になっていることを自覚しつつも、上げかけた腰を下ろしてメイに向き直る。
「うんうん、もちろんだよ!…フフフ!」
途端にパァッとメイが嬉しそうな顔になった。
ただ一瞬だけ、その目が獲物を狙う狩人さながらに鋭く光って見えたのは、私の気のせいなのか。
「コホン!それでね、私が伝えたかったのは、この大招集がソラちゃんにとってすごくプラスになるってこと!これはね、ソラちゃん。大きなチャンスなんだよ!」
「え?」
というわけでさっそく話し始めたメイだったけど、切り出し方は予想とは全然違うものだった。
ぷ、プラス?チャンス…?
てっきり王都の素晴らしさについて熱く語ってくるのかと身構えていただけに、思わず目を瞬いてしまう。
するとそんな私の反応は予想どおりだったのか、ちょっと得意げな顔になって話を続けた。
「というのも、ソラちゃん、ずっと人見知りを直したいって思ってたでしょ?
「あ、う、うん…」
「でもここにいたままじゃ、そもそも知らない人と会うこと自体ほとんどないから、いつまでたっても直らないと思うんだよね。そこで、今回の大招集なんだよ!ちょっと荒療治かもしれないけど、広い王都に住み込みで働くとなれば、嫌でも知らない人と会う機会は増えるでしょ?人間、やるしかないと思ったら案外なんとかなっちゃうものだし、それに仕事を通してなら少しは話しやすいと思うんだよね。私も一緒だから、まったくの一人というわけでもないし。ソラちゃんは話すこと自体は苦手じゃないんだから、いったん慣れちゃえば、あとはもうとんとん拍子に人見知りも直ると思うの!そう、言うなればこれは、神様が用意してくれたチャンス!それなら逃がしちゃうなんてもったいない!この機会に、ソラちゃんをずっと悩ませてた人見知りを克服しちゃおうよ!」
がーん…っ!
流れるようにそう言ってウィンクで締めくくったメイに、まるで雷が落ちたかのような衝撃が身体を突き抜けた。
そ、そっか、言われてみれば、確かにそうかも…。
ずっと人見知りであることが嫌で、何とかしようとこれまでにも自分なりに頑張ってきた。
今回大都に一人で行ったのもその一環だし、一応少しずつはよくなってきている実感だってある。
でもメイの言うとおり、村にいる限りは克服にまで至るのは難しいのだろう。
それはもちろん知らない人と会う機会が少ないということもあるけど、一番は気持ちの問題。
本気で苦手を克服したいのであれば、たとえ怖くともどこかで一歩、勇気をふるって踏み出さなければならない。
安全な場所で守られたままでは、どうしたって無意識に甘えてしまうものなのだから。
メイはこのことを私に伝えたかったんだね…。
鋭いメイには、私の甘えなどとうにお見通しだったに違いない。
だから私が嫌がると分かっていてもなお、一生懸命訴えかけてくれたのだ。
なのに私ときたら、自分のことばかり考えて…。
己の浅はかさを自覚して、深く反省する。
同時に、勇気をもって目を覚まさせてくれた親友に心から感謝した。
「…ソラちゃん。私が言うのもなんだけど、もう少し疑いの心を持った方がいいと思うよ…」
しかし当の本人は、何故か何とも言えない表情を浮かべていた。
「?」
「まあ、そこがソラちゃんのいいところなんだけどね…」
首を傾げる私を見て、やっぱり私がしっかり守らなきゃ、と何やら拳を握りしめている。
その様子にまた首を傾げながらも、決意が鈍らないうちに改めてメイへと向き直る。
「ありがとう、メイ。やっぱり私、大招集頑張ってみるよ…!」
「ホント!?うわぁ、やったぁ!ソラちゃん大好き!」
決意を新たにそう伝えると、再びガバッと抱きついてきた。
まさか私が王都に行く決意をするだなんて夢にも思わなかったけど、後悔はしていない。
今度こそ、人見知りを直すんだ…!
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