第6話
「ごちそうさま!あー、美味しかったぁ~!」
「お粗末様でした」
そうして心ゆくまでお昼を堪能したあとは、再び大樹にもたれかかり、その余韻も余すことなく楽しむ。
なんだかまた眠くなってきちゃった…。
あぁ…、幸せだなぁ~…。
そよ風と鳥達の鳴き声が、子守歌のように優しく私を包み込んでいく。
「ソラちゃんのタマゴサンドはホント絶品だよね!正直、大都でお店出せるレベルだと思うよ!ホントに!」
一方のメイはすっかりと目が覚めたようで、つやつやした顔でタマゴサンドを絶賛してくれていた。
さっきもすごく美味しそうに食べていたし、作り手としては冥利に尽きるというもの。
「お店かぁ…」
全身で感想を伝えてくれるメイに微笑み返しながら、少しぼんやりとする頭で想像してみる。
まず浮かんでくるのは、お店の中でお客さんに話しかけられてオロオロと狼狽える私。
人の多い大都だから、狼狽えている間にも次々とお客さんがやってきて、それはどんどん深刻になっていく。
そして、深刻化すればするほど焦ってますます狼狽えるという悪循環に陥り、きっと一日が終わった頃には、精根尽き果ててぐったりとしていることだろう。
しかも当然それで終わりではなく、翌朝には「食材の仕入れ」という名の、私にとっての鬼門が立ちはだかる。
というのも大都の朝市はとても規模の大きなもので、国内外の様々な食材が並び、その時間帯は歩くことすらままならないという、他国からわざわざ観光目的で旅人がやってくるほどの賑わいを見せることで有名なのである。
しかし人見知りからすればもはや地獄以外の何ものでもなく、そんな恐怖の朝市に足を踏み入れようものなら、一晩挟んで僅かに回復した精神力など、たちどころにかき消えてしまうことは火を見るよりも明らか。
奇跡的に仕入れ終わったとしても、店を開くことはおろか、店まで戻る気力すらなくなっているに違いない。
「……。人見知りの私には無理かなぁ…」
「ああ、うん…。ソラちゃん、びっくりするくらい知らない人苦手だもんね…。私達とは普通に話せるのに、なんでだろうね…」
ありありと浮かんでくる未来の光景に思わず遠くを見つめてしまう私を見て、メイが困ったように笑う。
本当になんでなんだろうね…。
しかも今更気づいたんだけど、そもそもお店に限らず、どんな仕事でも知らない人と話すことはまず避けられない。
つまり私はこの人見知りを何とかしない限り、今後もずっと一人では何もできないまま。
小さな頃ならいざ知らず、成人を一年前に控えたこの歳においては、情けないを通り越してもはや死活問題だと言えた。
「ま、まあそれはさておくとして。お昼のお礼にクッキーを持ってきたんだよ!一緒に食べよ~?」
期せずして衝撃の事実に気づいて愕然としていると、メイが気を取り直すように殊更明るくそう言って、手に持っていた小包の口を開いた。
途端にふわりと、甘く香ばしい匂いが辺りに広がっていく。
わぁ…、いい香り~。
つい誘われるようにして小包をのぞき込めば、一口大の可愛らしいクッキーがたくさん詰め込まれていた。
そのままニコニコとさっそく一つを手渡してくれたので、お礼を言いつつ口に入れる。
「!美味しい…!」
瞬間、どんよりした気持ちなど、たちどころに吹き飛んだ。
「えへへ~。実は、今回のはちょっと自信作だったんだ~。喜んでもらえてよかったよ!」
あまりの美味しさに目を見開く私を見て、メイが嬉しそうに笑う。
昔からメイはお菓子作りが得意で、よくこうして作ったものを分けてくれるんだけど、今日のは間違いなく今までの中でも一番美味しかった。
「メイの方こそ、お店を出せるんじゃないかなぁ。クッキーの他にも色々作れるし、全部美味しいもん」
「いいよね、お菓子のお店!初めて大都で見たときは感動したなぁ…」
美味しいものは人を幸せにしてくれる。
ほろほろと口の中でとろける優しい甘みに、自然と顔がほころんでくるのを感じながらそう言うと、メイもうっとりと夢見るような表情になった。
お菓子の材料は高価なものが多く、お金がない私達ではどうしても身の回りにあるものでしか作れない。
にも関わらずここまで美味しくできるのだから、お店を出すというのも決して大げさな話ではない気がする。
しかもメイは私とは対照的に人懐っこく、初対面であろうと関係なくすぐに仲良くなることが出来るから、接客だってバッチリ。
美味しくて、笑顔が可愛らしいメイが切り盛りするお菓子のお店。
それは身内のひいき目を抜きにしても、とても素敵なお店のように思えた。
「その時はソラちゃんも一緒にやろうね!大丈夫、お客さんの相手は私がするから!」
きらきらと顔を輝かせるメイの楽しそうな提案に、思わず、うん、と口を開きかける。
しかし、そこでふと考えてしまう。
メイがお菓子を作り、接客も頑張ってくれる。
そうなると、私はいったい何をすればいいのだろうか。
一緒にやる以上は、ただ掃除や荷物運びだけというわけにもいかないし…。
でも、お菓子作りならメイの方が上手だし…。
…あ、それならいっそ、別の物を作ってみるとか?
甘いお菓子を食べたら次はしょっぱいものが食べたくなるし、逆もまた然り。
これは自然の摂理にして、人が決して抗うことの出来ない真理である。
そしてしょっぱいもので一番美味しいものといえば、もちろんお肉以外にあり得ない。
お肉料理なら得意だし、串焼きや炙りなら注文を受けてからでもすぐに出せるから、お店で売り出すにはもってこい。
それに店頭で焼けば、これ以上ない宣伝にもなるはず。
大都でも何度その誘惑に負けそうになったことか…。
思い出したら、お昼を食べたばかりだというのにじわっと口の中に唾が溢れてきた。
正直、店頭でお肉を焼くお菓子の店なんて見たことも聞いたこともなかったけど、これだけ大陸は広いのだから、そんな斬新なお店が一つくらいあってもいいんじゃないだろうか。
お店の名前はシンプルに分かりやすく「美味しいお肉とお菓子のお店」。
す、すごい…!
お肉とお菓子が一緒に食べられるなんて、私なら目にした瞬間、間違いなく足を運ぶ。
大繁盛待ったなし。
これが天啓を得るということなのか、私にはこのお店が繁盛するという妙な確信があった。
「うん、一緒にがんばろうね!」
「…ソラちゃん、今、すごく残念なこと考えてたでしょ?」
「?そんなことないよ?」
だというのに、何故かメイからはジトッとした視線が返ってきたので、首を傾げてしまう。
こんなにも名案なのに、残念だなんてとんでもない。
これは「美味しいお肉とお菓子のお店」の素晴らしさについて、じっくり語らねばならないだろう。
ただ、そのまま口を開きかけたところで、そういえばさっきマリナさんからもらった小袋を、まだバスケットに入れっぱなしだったことに気づいた。
「あ、そうだ。実はここに来る途中で、マリナさんがお土産をくれたんだよ。今度は王族のお菓子だって」
「おお!やったぁ!いつもすごく楽しみで…って王族!?」
せっかくなら説明はお菓子を食べながらにしようと思い直し、小袋を取り出して手渡すと、案の定メイが私と同じ反応を見せた。
本当にマリナさん、いつもどこから仕入れてくるんだろうね…。
「相変わらず謎だね…。あ、それならミーアにも会った?ソラちゃんのこと、まだかな~、早く帰ってこないかな~って、ずっと待ってたんだよ。素直で可愛いよねぇ…ソラちゃんには。私には生意気なことばっかり言うのに…」
そしてまたコロコロと表情を変えつつ、最後はため息をつく。
「うん、会ったよ。相変わらず元気いっぱいで可愛かったなぁ…。でもミーアがおませなことを言うのは、メイのことが大好きで、覚えたての言葉を聞いて欲しいからだよ、きっと」
一方で私は、さっきのミーアの様子を思い返して頬を緩めてしまう。
「そうかなぁ~?そりゃもちろん、私だってミーアのことは大好きだけどさ~。でも私もソラちゃんと同じお姉さんなのに、なんかそうは思われてない気がするんだよねぇ…」
「……」
けれどメイが口を尖らせながらそう言った瞬間、思わず言葉を詰まらせてしまった。
こ、この話題は危険だ…!
たちまちひやりと、私の頬に冷たい汗が垂れてくる。
実は、メイは実年齢よりも少し…だいぶ年下に間違われてしまうことがよくあった。
確かに同年代と比べて背は低い方だし、仕草はあどけないし、元気いっぱいで感情表現も豊かなのでそれも無理はない。
特にミーアみたいな幼い子は、自分の感覚に素直だから尚更だろう。
ただ当の本人は、自分が子供っぽく見えることを昔からものすごく気にしており、私なんかは可愛らしくてむしろ長所だと思っているんだけど、うっかり口になどしようものなら、少なくとも数日間はどんよりと落ち込んでしまう。
だから、ここでは間違っても正直に答えるわけにはいかない。
しかし今回に限って言えば悪いことに、メイは人の気持ちの機微にとても聡い子なのである。
口に出さなくても表情などの微妙な変化から気持ちを的確に見抜き、思っていたことを一言一句間違えずに言い当てられて驚くなんてことは日常茶飯事。
というわけでそのことをよく知っている私は、急遽表情を固め、瞬きもせず、呼吸すらも止めながら、何か現状を打開するいい案はないかと必死に考えを巡らせていた。
「とまあ、それは今に始まったことじゃないからいいとして。それよりも今はお菓子だよ!ささ、ソラちゃん、さっそく中を見てみようよ!あー、楽しみ~!ひゃ~、なんかドキドキしてきた~!」
ところがそんな私を余所に、メイ自身がころりと話題をまたお菓子の方へと戻した。
キラキラと輝く瞳はすでにお菓子の小袋に釘付けで、固まる私に気づいた様子はない。
あ、そういえば、今はお菓子を見てる最中だったっけ…。
窮地を切り抜けるのに必死でうっかりしていたけど、このとおり、メイは大好きという言葉では足りないほどお菓子が大好きなのである。
どれくらい好きかというと、どんなに落ち込んでいようと、地団駄を踏んでいようと、頭を抱えて絶叫していようと、顔を押さえて地面をゴロゴロしていようと、お菓子を前にすればたちどころに笑顔になるほどで、しかも今目の前にあるのは、そんなお菓子の中でも普段なら絶対目に出来ないようなひときわ珍しいもの。
だからこの状況でメイの顔から笑みが消えることは、私が大都の朝市の中で笑顔になるくらいあり得ないことで、一人で勝手に狼狽えていた自分を少し恥ずかしく思いながらも、ひとまずはホッと胸をなで下ろす。
そして瞬きと呼吸を再開すると、全身からワクワクを溢れさせるメイと肩を並べて、マリナさんからもらった小袋の口を開いた。
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