第5話
「……」
大樹にたどり着くと、苔むした木肌に背中を預け、草花に囲まれながらメイが眠っているのが見えた。
どうやら、ちょっと待たせすぎてしまったらしい。
それはごくありふれたいつもどおりの光景。
でもその姿を目にした瞬間、思わず足を止めてしまった。
「…メイ?」
私の視線の先にいるのは、そよ風に髪を揺らしながら、木洩れ日に包まれるようにして大樹の下で眠る女の子。
小さな手で大切そうに小包を抱き、はらりと頬にかかる髪先と、閉じられた長いまつげが光に透けて煌めいている。
そこにはコロコロと表情を変えるいつものあどけなさは存在せず、まるで絵画に描かれた貴人のような、どこか神聖で静謐な雰囲気が広がっていた。
メイとは生まれたときからずっと一緒にいるけど、こんな風に思ったのは初めてで、目を見るだけでお互いに考えていることが分かるくらい近しい存在なはずなのに、何故か急に遠い世界の住人になってしまったような気がして、ひどく狼狽えてしまう。
しかしそれもほんの一瞬だけのことで、
「…あ」
ぽやーっと開いた口とそこから流れ出す涎が、そんな雰囲気を即座に霧散してくれた。
気持ちよさそうに寝てるなぁ…。
普段と変わらない平和を感じさせてくれる寝顔にホッと息をつき、私もメイの隣に座る。
たちまちひんやりとした空気に包まれ、火照った身体が冷やされていくのが分かる。
日差しが強い日ほど、日陰との温度差は大きくなる。
特に木陰はひときわ涼しく、葉のそよぐ音が心地良い。
そのままバスケットを横に置き、メイと同じように大樹に背中を預ければ、私の方もすぐに眠気が襲ってきた。
うーん、自覚がなかっただけでやっぱり疲れてたのかも…。
起こすのも悪いし、私も寝ちゃおうかな…。
そう思い、同じように瞼を閉じようとしたものの、何となくそろそろ起きそうな気がしたため、眠気覚ましにと、小さい頃に二人でよく作った花冠を作りながら待つことにした。
作り方を教えてくれたのは私のお母さん。
今でもちゃんと作れるか疑問だったけど、指の方は未だにしっかりと覚えていて、ちょっと驚きながらも難なく完成したので、せっかくだからとそれを眠っているメイの頭にそっと載せてみる。
うん、とってもよく似合ってる。ふふ。
「平和の象徴」という言葉が自然と頭に浮かんできて、ついクスリとしてしまう。
「…へぁ?あれ、ソラちゃん?」
そうして次は首飾りでも作ろうかな、なんて考えていたところで、メイが目を覚ました。
う~ん、と寝ぼけ眼でのびをするのを見ながら、やっぱり寝なくてよかったと小さく胸をなで下ろす。
もし寝ていたら、きっともっとお昼ご飯を待たせてしまったに違いない。
「お待たせ。遅くなっちゃってごめんね」
「いやいや、全然待ってなんてないよ~。むしろ目が覚めたらもうご飯ができてて、得した気分なくらい!」
「ふふ、ならいいんだけど。はい、これ使って」
身振り手振りで一生懸命気にしていないことを伝えてくる姿に、顔をほころばせながらハンカチを差し出す。
すると、きょとんと小首を傾げられてしまった。
「へ?ハンカチ?なんで?」
「きっと楽しい夢だったんじゃないかな?口の周りがびちゃびちゃになってるよ」
「ほぇ…?……。ギャーーーァ!?」
でも私がクスリと笑うと慌てて自分の口元を確認し、次の瞬間には頭を抱えて絶叫し始めた。
相当恥ずかしかったらしく、そのまま両手で顔を押さえて転げ回る。
お互いのことは小さい頃からよく知っているんだから、今更恥ずかしがることもないと思うんだけど、メイは私と違ってとても女の子らしい女の子なので、きっと色々と思うところがあるのだろう。
「…こ、コホン。えー、ソラちゃん?今のはたまたま折り悪くアレな感じになっただけと言うか、運命の悪戯による不可抗力と言いますか…、とにかくそんな感じのアレだから、決して普段からアレなわけではなくてね…」
ひとしきり転げ回ったあとは、ヨロヨロと立ち上がり、赤い顔でごにょごにょと何やら一生懸命説明してきた。
段々と尻すぼみになっていったので、最後の方はよく聞き取れなかったけど、おねしょがなかなか直らなかったときもこんな感じだったから、何を言いたいのかは心得ている。
「うんうん、分かってるよ。大丈夫だよ、ふふ」
「わぁー、小っちゃな子供を見守るお母さんみたいな優しい目してるー…」
なのでほっこりとした気持ちで頷くと、何故かガックリと肩を落とされてしまった。
「さ、それじゃ、食べようか」
「あ、タマゴサンドだ!わーい!」
と、そんなメイだったけど、サンドイッチと水筒を渡してあげればすぐに笑顔になった。
もちろんそれは私も同じで、ついつい頬が緩んでくるのを感じつつ、いそいそと自分の分を取り出し、二人で手を合わせる。
「いっただきま~す!」「いただきます」
それからは、二人でのんびりとお昼ご飯を食べた。
爽やかな風がそよぐ青空の下、お腹ペコペコの状態で大好きなサンドイッチを頬張る喜びと言ったら、生まれてきてよかった、と思わず天を仰いでしまうほど。
あぁ…、幸せ~…。
お父さんとお母さんに心の底から感謝しながらサンドイッチを噛みしめる私を見て、「ソラちゃんはホントに食べるのが大好きだよねぇ」とメイがクスクスと笑う。
なお、お父さんが分けてくれたアンチョビサンドは、すべて私が美味しくいただいた。
これは決して私が食いしん坊だからなのではなく、メイがアンチョビを苦手としているからだということをここに強調しておく。
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