メール

  


「美弥ちゃん、お茶でも淹れてくれるー?」


 浩太にドアをノックされ、はいはい、と美弥はようやく外に出た。


 うーんと伸びをする。


 客が来たあとの珈琲の残り香があった。


「あー、息を潜めてるのも疲れるわ。

 やっぱ、なんか働かせてよ」

と言うと、根っからそういう性分なんだね、と笑われる。


「珈琲飲んでたんでしょ? 緑茶にしようか」


「そうだね、そこに貰い物のがあるから。

 結構いい奴だと思うよ、それ」


 お茶好きの美弥は、わーい、と浩太が指差した棚へと走る。


 同じく貰い物らしいバームクーヘンを頂きながら、二人でお茶にした。


 事務所の中を見回しながら、

「そういえば、そもそも小久保さんが此処に来たのが始まりだったのよね」

と言った。


「あの人、結局、その昔の愛人の人から聞いて此処に来てたんだっけ?

 この近くに住んでるんでしょ?」


 愛人じゃなくて、恋人でしょー? と美弥は顔をしかめる。


「大輔が君に頼まれて、前田さんと八巻さんのこと探りに行ってたとき、この近くまで戻ってきてたね。


 改めて、その人のこと調べてたみたいだけど、なんで?」


 美弥はソファの肘掛に頬杖をついて、少し考える。


「あ、だんまり?」


「いや、そうでなくて。

 ちょっと色々考えちゃっただけ」


「やっぱり小久保さんのことも関係あんの?」


「小久保さんと八巻さんの再会、それ自体は、まあ、長年のしこりを解消するのによかったんだけど。


 そこに前田さんが通りかかったのが、問題だったのよ」


「どういう意味?」


「……あの話ひとつなら、まあ、いい話かもしれないけど、もし、同じ話が――」


 そのとき、携帯が鳴った。

 短い音に、メールだな、と思う。


 その内容を見て、思わず笑った美弥に、なに? と浩太が訊く。


「いや……」


 メールの相手は龍泉で、メッセージは、

『ヒント、ヒント、ヒント!』

だった。


 ……暇なのね。


 今朝、無理やり動いたせいで、美咲に部屋に押し込められているのかもしれない。


 さっきまで、同じように暇を持て余していた美弥は、思わず同情した。


「行ってきなよ」

 冷ややかに浩太が言う。


「龍泉さんだろ、それ」

「……そこから見えるの?」


「いーや、でも、他の人なら、君、そんな風に笑うような内容なら、僕に見せるでしょ」


 さすが鋭い……。


 浩太が立ち上がり言う。


「出かけるのはいいけど、叶一さんには見つからないようにね」


「そうね。

 また怒鳴られんのやだもん」

と鞄に手を伸ばすと、浩太は、いや、と言う。


「見つかったら、かくれんぼ終わっちゃうからね」


 振り向くと、行ってらっしゃい、と浩太は無表情に手を振った。





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