翌朝 ―龍泉―

 


 おはようございます、という美咲の声が廊下で聞こえた。


 少し身を起こそうとすると、やはり肩に激痛が走る。


 それでも入り口を窺うと、看護師の一人が微笑んで誰かに頭を下げているのが見えた。


 すぐに美咲が現れる。


「おはようございます」

と自分に向かい言う彼女に、


「あのっ、今日は退院できそうですか?」

と龍泉は前のめりに訊いた。


 美咲は持って来た紙袋を足許に置くと、溜息をついて、半分起き上がっている龍泉の肩を新聞紙で叩く。


「……った~っ!!」


 抗議の叫びを上げて、転がる龍泉に美咲は言う。


「先生に私からもお願いしてみましたが、せめて明日まで居てください、だそうです。


 貴方、戻るとすぐ動くから」


 その言葉に、龍泉は恨みがましげに彼女を見上げた。


「なんで先生が私がすぐ動くって知ってるんですか~。

 チクりましたね?」


「チクるなんて言葉はよろしくないと思います」


 丸椅子に座った美咲は、龍泉の身体の上に転がる新聞を掌で示した。


「それよりご覧になったらどうですか? お手柄だそうですよ」


 は? と訊き返すと、

「テレビ見てないんですか?」

と美咲は眉をひそめる。


 起きてからずっと美弥の貸してくれたお笑いのDVDを見ていたので、ニュースは見ていなかった。


 慌てて新聞を広げる。


 それは、一美の勤める新聞社のものだった。


「お手柄民間人?」


 本誌記者と民間人五人が通り魔を――


「五人!?」


 美咲は頬に手をやり、溜息を漏らす。


「一体何をなさったんでしょうね、貴方の生徒さんたち。


 犯人は二度とやらないし、精神鑑定の必要もないと泣いて詫びているそうですよ」


「……近衛……美弥さんたちですか?」


 遠慮がちな民間人たちは、名前は出さないでくれと言っているし、警察からの表彰も断る模様、と書いてあるが、こんなことしそうな面子は、あいつらしか居ない。


 そもそも、お手柄だと言いながら、微妙に批判的な美咲の口調がそれを示している。


 美弥が貸してくれたDVDのケースを見ながら、美咲は言った。


「一応、ほんとに犯人かどうか、貴方にも確認して欲しいって――」


 言葉途中で、美咲は立ち上がる。


 振り返ると、入り口に、痩せた男が小さく手を上げて立っていた。


「三根さん」




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