最中
駅前の商店街まで来たとき、見知った人影を見た気がしたが、それはすぐに人波に消えていった。
なんとなくそちらを窺いながら、美弥はたむらの前に立った。
ガラス張りの店の中では、小柄な男性客が何か買っているところだった。
ドアを押し開けると、カランカランと美弥が子どもの頃から、いや、たぶん、そのずっと前から変わらないベルが鳴った。
お店の人が顔を上げて挨拶する。
顔見知りのその女性店員に軽く会釈を返したとき、ガラスケースの前の客が振り返った。
「あれ? 水野くんじゃない」
「あっ、美弥さんっ」
水野は相変わらず小動物のような動きで寄ってくる。
「なんだ。
あの鑑識の服着てないと、後ろ姿じゃわかんないわ」
「ひどいですねー、もう」
「ごめん。
だってあれ、インパクト強いから。
なあに? 仕事?
それとも私用?」
「両方です」
と水野はたむらの小さな紙袋を見せる。
「三根さんが、参考までにたむらの
参考までにじゃないですよ。
もうサンプルあるんだし。
ただ、あの人、自分が食べたいだけなんです~」
「ああ、三根さん、たむらの和菓子好きだもんね」
そう言いながら、倫子のことまで思い出し、美弥はブルーになる。
「っていうかさ。
君、三根さんと課違うのに、なんでパシリ?」
「いや、いつも奢ってもらってるし。
僕今日もう上がりだし、暇なんで」
と小さく頭を掻いて見せる。
茶色い丸い瞳が昼の日差しに奇麗に透けて見えた。
可愛いなー、水野くん。
って、実は年変わんないんだけど。
浩太もあのまま大きくなってたら、こんなだったろうに。
でも、無理か。
奴は中身が邪悪だからな。
年々性格が顔に出るってほんとだわ、と思ったあとで、自分もそうなのかなと美弥は思わず顔に手をやった。
その間、水野はじっと自分を見上げていたが、
「美弥さん」
と呼びかけてくる。
「ずっと叶一さんと居てあげてくださいね」
「えっ?」
「あ、すみません。
なんとなくです。
じゃあ、そろそろ戻らないと三根さん怒るんで」
水野は手を上げ、行ってしまう。
それをぼんやり見送っていたが、店員の視線を感じて慌ててケースの前に行った。
まだ二つ残っていた最中と、今、作ってる途中の酒まんを出来次第もらうことにして、美弥は隅の丸椅子に腰を下ろした。
側の机には、あのランキングの乗っているタウン情報誌が広げられている。
美弥はバッグを膝に抱え、ガラス張りの外を見た。
ずっと叶一さんと居てあげてくださいね―― か。
純粋だなあ、水野くん。
私はもう恐ろしくて、人に、そんなことは言えない。
酒まんの匂いの漂う店内はぽかぽかと気持ちよく、浩太のお陰でぐっすり眠れたというのに、なんだかまた眠たくなってきた。
結構長い間引き止めちゃったけど、浩太、仕事大丈夫だったのかな。
……まあ、あいつらほんとに余計なことばかり掘り返すから、復讐復讐。
と八つ当たりをする。
八つ当たりか。
最近よく聞く言葉だな。
叶一さんがあの人を刺したのも八つ当たり。
じゃあ、もしかして――。
「すみませんねー」
ふいにした声に、美弥は、はっと目を開けた。
ほんとうに眠りかけていたらしい。
「すぐ出来ますからね」
店員さんの申し訳なさそうな顔に、時間がかかりすぎているので、美弥が眠そうにしているのだと思い、謝ってきたのだとわかった。
「ああ、いえ。
大丈夫です。
別に急いでないですから」
そう手を振り、美弥は後ろの木目調の壁に背を預けると、ふたたび、窓の外を見る。
危ない危ない。
声かけられなかったら、真横に倒れるとこだったよ。
道の向こうでは、クリーニング屋の主人と店員らしき人が何か話していた。
店員は配達に出るところらしく、主人の方を見て、なにか言ったあとで、バイクにビニール袋に入った服を乗せていた。
その配達用のバイクには鮮やかな黄色いリアボックスがついている。
ウサギのマークにクリーニング屋の名前。
クリーニング屋さんって、なんとなく白のイメージがあったけど、最近はそうでもないのね、とそれを凝視していると、ふと視線を感じた。
結構道向かいとは近いので、何を見ているのかと店員がこちらを見ていたようだった。
は、恥ずかしい……。
暇だとどうでもいいことが気になってしまう。
美弥は視線を外して、俯いた。
床のクリーム色のタイルを見つめていると、
「出来ましたよー」
という店員のほがらかな声がして、美弥は慌てて立ち上がった。
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