第四章 蒼天の弓
蒼天の弓 ― 失踪 ―
美弥たちが刑事課を覗くと、三根がデスクに腰掛け、スパスパと煙草をふかしていた。
奥で鑑識の人間も行ったり来たりしている。
「三根さん」
そう呼びかけると、ああ、美弥ちゃん、大輔、と三根は立ち上がる。
朝八時半、美弥たちは制服のまま来ていたが、特に咎めるつもりもないようだった。
「何かわかったかい?」
「すみません。
今、大輔誘って此処に来ただけなんで」
まったく、と三根は苛々と煙草を揉み消す。
「今あいつが失踪する意味がわからねえよっ。
完全に捜査の対象から外れたのにっ」
「そうですね。
まあ、一番怪しいのは俺でしょうからね」
相変わらず何の感慨も交えず言った大輔を、なんとなく皆が振り返る。
三根はひとつ息をつくと、ちょっと出よう、と二人の背を押した。
外へ出ても、三根はまだ煙草を吸っていた。
揉み消したはずなのに、新しいのにまた火をつけている。
「で?
実際のとこ、何がどうなってんだ?」
そうですね、と大輔が言う。
「時系列に沿って言うと。
美弥んちのおじさんの会社が乗っ取られそうになって、久世隆利がそれを買い戻してやって。
その代わりに、叶一を養子に入れて」
その続きを美弥が引き受ける。
「おじ様が刺されて、叶一さんが失踪したと」
それはわかっとるっ! と三根が小声で叫ぶ。
「だから、君ら三人はどうなってんだ!?
大ちゃん、なんだってオヤジさんに文句言わなかったんだ」
大輔は鞄を持ったまま、腕を組んで、ソッポを向く。
「文句言うも何も、いつも一緒に居るだけで、こいつは別に、俺と付き合ってたわけでもないし」
これだよ……。
「大ちゃん、もう~っ!」
と思わず三根が叫んだとき、三根さん、と柔らかい声がした。
「ああ、圭吾くん」
久世家の顧問弁護士安達保弘の息子、圭吾が立っていた。
背が高く、細い身体で黒っぽいスーツを着ている彼は、なんだか
圭吾は三根に向かって、深々と頭を下げる。
「ご迷惑おかけ致しまして」
「いやいやいや、別に君が謝ることじゃないし」
「でも、私はもう安達弁護士事務所の人間ですから」
そう言うと、三根は眉をひそめる。
「刑事より弁護士の方がよかったかい?」
圭吾は苦笑した。
彼は少し前まで、他の県警で刑事をしていたのだ。
三根は圭吾に期待していたのか、それとも、刑事という職を否定された気がしたのか。
弁護士として自分の前に現れた圭吾に、困惑したような微妙な顔を向けている。
「そういうわけじゃないですよ。
単に親父も年とったなと思いまして」
ふう、と三根は溜息をつく。
「後継ごうってのかい?
まあ、君は親思いだからね」
だが、美弥は少し不自然なような気もしていた。
まあ、圭吾の考えなど自分にわかったものではないが、父親のことを考えて後を継ごうというのなら、最初から司法試験を受けていたのではないだろうか。
「にしても、叶一さんの行動は解せませんね」
そう呟いた圭吾に、
「君でもそう思うかね」
と三根は言う。
君でもって? と圭吾は三根を見た。
「君ら結構仲よかったろう」
「はあまあ、いいというか。
そんなに会うわけでもないんですけど、話すテンポが似てるみたいで、気が合うんです」
言えてる……と美弥は思った。
「でも、僕よりは彼らの方が叶一さんには詳しいと思いますが?」
と圭吾は手で美弥たちを示す。
「でも、私たち容疑者だから」
すぱっと美弥が言うと、三根の方が慌てた顔をする。
ああ、と圭吾は微笑んだ。
「そうですね。
話聞いたとき、私、貴方が叶一さん殺してどっか捨てちゃったんじゃないかと思いましたよ」
「ねえ。
貴方の頭の中の私って、どうなってんの……?」
美弥は大きな圭吾を見上げ、眉をひそめる。
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