龍泉

  

「帰っちゃっていいんですか?」

 横を歩きながら龍泉が言う。


「いいんですー。

 あの二人、ああいうことになると、もう夢中だから」


 大輔もな~。

 途中までは叶一さんのストッパーになるんだけど、結局一緒だから、と美弥は思う。


 警察の喧騒を離れると、そこは本当に長閑な土手の道だった。


「それにしても、通り魔、なんで刃物落としちゃったんでしょうね?」


「さあ?

 誰かに抵抗されたとか退治されたとか?」

と美弥は小首を傾げる。


「貴方にもわかりませんか?」

と龍泉は笑った。


「わかりませんねー。

 ていうか、大概のことは私にはわかりませんよ?」


 そう美弥は苦笑いする。


「自分の気持ちもわからないんだったりして」


「……そっちに話持ってくのやめてくれます?

 だいたい、人のことより、龍泉さん、なんだってあの話受けないんです?」


「え?」

「美咲さんのことですよ」


 鶴雲寺の娘、美咲が龍泉に想いを寄せていることは誰もが知っている。


「いやあ、だって私は――」


 そこで何やら余計なことを考えた美弥に、釘を刺すように言う。


「……いや、ゲイじゃないですよ」


 あはっ、と美弥は誤魔化すように笑った。


「ごっ、ご存知だったんですね、その噂」


「ええ。

 最近の小学生はズバッと訊いてきますからね。


 江梨子さんとか」


 うわー。

 さすがだ、えっちゃん。


 怖いもの知らず~。


 でもそういえば昔、龍泉には付き合っていた人が居たはずだ。


 あの後どうしたのかは知らないが。


「ついでに余計なことを言うとですねー。


 人には自分に似た人に惹かれる人と、自分と正反対の人に惹かれる人が居るんですよね。


 貴方は典型的な後者ですよね」


 龍泉が何を言わんとしているのか掴みかねて、はあ、と言う。


「自分に似た人に惹かれるのは、自然体で居られて楽だから。


 正反対の人に惹かれるのは――


 自分にない部分を相手に見出して、それを見習おうとでもしてるんでしょうかね?」


「どうでしょう。

 人それぞれだと思いますけど。


 私は確かに大輔に、自分にはない正義ってものを求めてる気はするんですけど。


 でも、それを見習おうとしてるかは……。


 だって正直言って、私には何が正義かわからないんです。


 でも、大輔はいつも、私の目の前で、迷いなく突き進むんですよね。


 それが世間的に見て、正しいかどうかはともかくとして、少なくとも、彼にとっては正しい方に。


 大輔はよく私に迷いがないって言うけど、私から見たら、大輔の方がよほど迷いがないように見える」


「ま、確かに、彼は意志を曲げないですよね~。

 頑固というか……扱いづらいでしょう?」


 同意を求めないで欲しいな。


 そうだけど。


「逆に、貴方は、もすこし意志を貫いた方がいいと思いますよ。


 傍から見てると、本当は既に出ている結論を、ただ先延ばしにしているように見える。


 ま、そのままズルズル還暦迎えるのも悪くないかもしれませんけどね」


「……なんかこう、イラっと来てません? 龍泉さん」


「来てますよ」

とあっさり彼は認めた。


「なんだか全然進まない昼ドラを七年間見させられてる気分なんです」


「昼ドラなんて見てるんですか?」


「鶴雲寺では、みんな嵌まってます。

 食後、強制的に見させられます」


 はあ、と曖昧に相槌を打ったあとで、ふと思い出して言った。


「そういえば、昔は親に付き合って見てた昼ドラに、私も苛々してました。

 なーんで、肝心なことをすぐに言わないんだろ。


 言ったら、五分で終わるのにって。

 でも、この年になってわかりましたよ。


 現実は五分では終われないってことが」


「貴方は昔から聡い子でしたけど。

 犯人はわかっても、何かそういうところで、微妙に欠落してるというか」


「うわ~、もう今日はほんとに言いますね」


「このところ暇だったので、通り魔を捕まえるべく、素振りをしながら、貴方たちのことを考えてました」


「なんでですか~……」


「いや、だって、夕方になると、一人ずつ私の目の前を通るから。

 考えんのやめようと思うと、叶一さんが来たり、貴方が来たり」


 はあ、すみません。

 申し訳ない、と美弥は苦笑いする。


「大体あそこでタイミングを逸する貴方がわからない」


 なんだか叱られている、と懐かしく俯く。


「でもまあ……貴方のそういうところは好きですよ」


 そう龍泉はやさしく言ったあとで、


「昔から厄介な人ですけどね―」

と含み笑いをする。


「す、すみませんってばー」


 そう言って、法衣の袖を引っ張りかけた美弥は、あ、と足を止めた。


 久しぶりに、かなり上流まで土手沿いの道を歩いてきてしまっていた。


「あれ」

と美弥は指差す。


 もう少し古くなり、違う意味でいい感じになってきた淡いブルーの建物。


 川に向かってテラスの張り出したオープンカフェ。


「叶一さんが行方不明になったとき、彼を捜して大輔と行ったんですよ。

 懐かしいなあ」


 まだ出来たばっかりだった、と美弥は目を細めてそれを見た。


 そうでしたか、と横で龍泉が小さく呟く――。






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