第2話 関係

「好きです。付き合ってください」

校舎裏に呼び出された僕、暁優正は他クラスの女子に告白された。

若気の至りというか、僕に好意を持つなんて、かなりの物好きだ。何せ、彼女とどこで会ったかなんて僕は覚えてない。

「…………ごめん。今は誰とも付き合う気はないんだ」

ぶっちゃけ、何をどう繕えば相手が傷付かなくるとか、もう考えないようにした。

変に期待させる方が可哀想だろう。

僕が後ろを向いて歩き始めると、背後ではすすり泣く声と数人の足音と共に慰める声が聞こえる。

こういう時、僕はこの世界で最もな悪であるような気がしてならない。

いや、もとい悪とは何だろうか?

正義とは何だろうか?

この問いの答えに、表裏一体という言葉はまさに適任だろう。

誰かの正義は誰かにとっての悪だ。

そういう意味では、先程の女の子にYESを言えなかった僕は、あの子にとっての悪なのだろう。

教室へ入ると、何故か数多の視線を向けられ、奥にいた村上が詰め寄ってくる。

「え、なに?」

「何じゃないだろ。噂が広まるどころか、嫉妬心で溢れかえってるぞ」

「いや待て。本当に何の話をしてる?」

「何のって、『昨日、朝宮と暁が仲良くデート案件』に決まってるだろ? 目撃情報は星の数ほどある。言い逃れもできないな」

「言い逃れって、まやかとは家が近いからってだけで、ただ普通に帰っただけだ」

なるべく他の人にも聞こえるように、自然な流れで意義を申し立てる。

しかし、村上は憐れんだ表情を崩す気はない。

…………まさか?

気づいて直ぐにまやかと目が合う。

まやかは嬉しそうに、笑顔で手を合わせると『ごめん。話しちゃった』と弁解の余地がない事を表明した。

「…………何やってるんだか」

「さてさて被告人。弁解の余地は?」

村上はとても楽しそうに笑っていて、僕は殴りたくなる気持ちを抑えて、

「幼馴染なんだ。まやかとは」

僕の言葉が響いた瞬間、クラスが大いに騒ついた。


昼休みの頃。

僕はいつものように1人で……とはならなかった。前、斜め前、右。少なくとも三方向には人が居て、いずれも男子生徒である。

こういう時、せめて女子だったらなぁ〜とか考えてた方が男らしいのだろうか?

「なな。訊き辛いんだけどさ」

内1人が懇願するように訊いてくる。

…………じゃあ訊くなよ。とは言わないであげた。

「暁って、朝宮と付き合ってんの?」

「あ、それ俺も気になってた。実際どうなん?」

だろうな、という質問。ていうか、これ以外に僕に訊くことある?

「付き合ってないが」

「それマジ? 神に誓って?」

…………あー、神いない派なんだよなー。誓えねえー。誰か存在を証明してくれ。そうしたら、無神論者でもやっと祈れる気がする。

「あーうん。誓って。付き合ってない」

「よっしゃっ。俺、今度こそ告るわっ」

「あーそう。がんばー」

「てかさ。朝宮ってどういう奴、タイプなんだ? なぁー頼むっ、教えてくれっ、この通りっ」

…………どの通り何だよ。てか、ツッコミ疲れた。

「おー、賑やかじゃーん。良かったな、暁」

そんな嫌味を言うのは村上。いずれにしろ、ナイスタイミングと言うべきか、僕1人ではこの場を収めきれない。

村上の介入により、より人は増えて、それなりの騒がしさになる。

「あ、噂をすれば来たぞ。朝宮。やっぱ可愛いよなー」

同級生の視線の先を見れば、まやかはよく一緒にいる友達、山下しのんや、樋口直子の姿もある。まやかは、いつも通りの笑顔で、随分と周りを和ませている。

いずれにしろ、村上が来たことでギャラリーも増えてきた。

速いところ、この場を去りたい。

そう思って、行動に移そうとした時。

「暁はさ。朝宮のことどう思ってんの?」

1人の名も知らぬ同級生の声で僕は固まった。

「おい。声でか過ぎだ」

「だって、気になんじゃーん」

「気になっても、今言うのは違うだろ」

村上は、きっと配慮して言ってくれているのだろう。他にも2人が「ごめんな。変なこと言って」と気遣ってくれる。

僕は、どう、思っているか。

「おい、もうすぐ体育だし、準備しよぜ。暁も———」

「好きだ」

「…………あ、暁?」

これは事実。

「コミュニケーション能力の高さだったり、僕とはまるで違うが、いつもの調子を崩さずに楽しんでいれることとか、運動全般何でもできたりだとか、そう言う面で僕は好きだ」

そうだ、僕は好きなんだ。 

彼女の在り方が好きなんだ。

自分とは全く違う彼女が。

「えっとさ。それはつまり、友達としての好き?」

「ん? 広く言えばそうだな。友達として、僕は好きだ」

すると、何故か皆んな疲れ切ったように溜息を吐いた。

「はぁ、マジビビったわー。暁くん、やるねー」

「え? 何が?」

「ほら、速く行かねえと、あの体育教師にまた文句言われるぞー」

村上の掛け声でようやく皆んな行動に移す。

ふと横を見ると、まやかが隣でぶつぶつと言っている。

「まやか?」

僕がそう言うと、まやかは何故か赤くなった顔で、

「…………バカ」

と小さく一言、駆け足で廊下を出て行った。


「各自、短距離走の計測が終わったら休憩していいぞ」

体育教師がそう言うと、既に終わってる組は続々と校舎内の方へ戻って行く。

暁優正もその1人で、特に誰を待つでもなく、芝生の上でだらだらと過ごしていた。

少しして頭を叩かれ、朝宮まやかが同じように腰を掛けた。

「優正、水飲み行かないの?」

「別に疲れてないし。まやかは?」

「もう飲んだ」

「速」

そこから、まやかは少し言いづらそうに、そわそわしている。

「あーさっきのさ、休み時間のやつ、ごめん。ホント、いきなり」

「別に気にしてない」

僕がそう言うと何故か何の返答も来ないので、まやかの方を向くと、度肝を抜かれた顔をしていた。

「……………嘘だ。あの優正が、丸くなった?」

「何を言ってる。そもそも、僕はそこまで他人の目を気にしてない。誰にどう言われようが、それは僕にとっては、どうでもいいことだ」

僕は、僕たちはそれなりに長い期間を過ごしている。阿吽の呼吸とはならないが、

だが、以前のまやかはこんな小さな事柄にも謝るほど、義理堅い人間だっただろうか?

朝宮まやかは、その時は珍しく笑みを浮かべて無く、無表情のようで曖昧な、何かを考えているようだった。

そして、

「あとさ、もう一つ。えっと……その……」

まやかは耳を赤くして、頬も赤くして、小動物のような可愛さを放つ。

「…………むしろ、僕の方が悪かった」

「えっ?」

急に謝れて、さぞ驚いたろう。僕は遠慮なしに続ける。

「教室で色々と話をした。それはまやかにとってはマイナスだったよな」

「……えっと?」

「誰がどう言葉を濁したって、暁優正という人間性は変わらない。それは客観的に見た評価もだ」

「うーん……?」

「…………つまり、僕みたいな暗い人間と関わるのは、

明るい人。いつも笑顔で、誰にでも優しくできる人。

その人間性は僕には無くて、全くの正反対。

だから分かってしまう。

まやかにとって、僕といることは

「だから、ごめん」

あそこで、何故か気持ちが昂って、つい言ってしまった。我ながら子供っぽい。

隣にいる朝宮まやかは黙っていた。僕がが喋っている時も終わった後も…………

「まやか?」

初めて、その表情が上手く読み取れなかった。見えてない訳じゃない。ボヤけてもない。ただ、彼女の気持ちが、その時は本当に分からなかった。

怒っているような? 悲しんでいるような?

まやかは、立ち上がると親指と人差し指で丸を作り、僕の額に一発かました。

「……バカ」

と今度は少し本気で言って、女子達がいる方へ戻って行く。

…………意味が、分からない。

偶にこういう境遇に遭う。

理解できない事柄。

意味不明な言葉の羅列。

もし他人の心が読めれば、どれだけ幸せなことか。

どれほど気楽なことか。

間もなく、学校チャイムが鳴り響く。

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