世界は案外美しいのかもしれない

ジャンルは縛らず、私が書きたいように

第1話 いつも

『I LOVE YOU』

『ME TOO…………』

画面にいる2人はこの後熱いキスを交わす。

全世界のありとあらゆる世界で、【恋愛】という名題はよく使われる。

ゆえに聞きたい。

愛とは何か?

好きとは何か?

つまり、

その解の一つに、本能が挙げられる。

曰く、一目惚れとは人の性欲から来るものらしい。

男は女をルックス、見た目で選び、女は男を経済力で選ぶ。

その選択値が互いに当てはまれば、それこそ最良の相手を見つけたことになるだろう。

理論上はそうだ。

上で挙げた例も無視して、全く違う恋バナを咲かせる。美女と野獣とはよく言ったモノだ。

要するに分からないのだ。

映画館から出て、余ったキャラメルポップコーンを度々と食べながら、僕は思考する。

決して、僕も誰かに惚れたことがない訳ではない。初めては小学生の時だ。

しかしどうだろう。

その時、惚れている自分は恐ろしく知能が低下した何かであり、同時にその感情が何たるかを理解することは不可能だった。

「…………止めた止めた」

こういう哲学的な事柄は頭を痛くする。

考えるのは嫌いだ。

何より満足した解が出ることはほぼ無い。

この結論が出た時点で、自分がいかに凡人で非才であることが浮き彫りになる。

街中の角で、偶然にも見覚えのある姿が飛び出した。

「あ」

一方の相手も気付いたらしく、きょとんとした様子で僕を見る、と思いきや僕の手元に視線が向く。

「………ポップコーン?」

「いるか?」

「欲しい」

彼女、朝宮あさみやまやかは嬉しそうに笑った。


青い空に雲が少し。陽の光が鬱陶しく追いかけ、それは校舎内にいようと窓際にいれば変わらない。カーテンを閉めようと、少し風が吹けば直ぐに直射日光。かと言って閉めようとするほど、室内が冷房で囲まれている訳ではない。

黒よりは茶髪の、日本の平均身長を模した背丈はちょうど良く、目元には夜遅くまで起きた代償のクマが薄っすらと表れている。

そんな彼は、大層賑やかに高校生活を満喫している他者とは一変して、1人で机に突っ伏している。

不意に机が何かにぶつかり、思わず身体が揺れた。

顔を上げると、1人の男子生徒が口元をニヤリとして、隣の席に乱暴に座る。

「よっ。元気してたか?」

菓子パン袋を2つぶら下げて笑う村上宏大むらかみ こうだい。金色の髪を爽やかに揺らして、その圧倒的コミュニケーション能力を駆使する彼は、顔立ちの良さもあり、校内ではかなりの有名人だ。

「たった今、邪魔されたところだ」

「そうだったのか? それは、とんだ悪い奴がいたもんだ」

あくまで自分であるとは認めずに、菓子パンを貪る。

「散々自慢してた彼女さんは? 会いに行かなくていいのか?」

「いつでもどこでもずっと溺愛してればいいって訳じゃねえのさ。恋愛素人の暁優正あかつき ゆうせい君にゃー分からないだろうが」

「あっそう」

「ま、落ち込むなよ。ほれ」

ともう一つの菓子パンを片手で投げてくる。

別に落ち込んではいないが、それについては否定する気もない。

事実だ。

「と、こ、ろ、で、さ」

「飲み込んでから話せ」

言われた通りに飲み込んでから続ける村上。

「ところでさー」

そこで意味深に声量を上げたのを違和感に思いながらも聞くことにした。

「お前。?」

時が止まったような気がした。

もちろん比喩だ。時は止まってない。

止まったのは周りの奴らだ。

ついさっきまではあんなにも"楽しそうに"騒いでいたというのに、村上の一言で全員が注目している。

「は?」

とりあえず、言われた意味がよく分からないので、聞き返すことにした。

「いやだからさ。朝宮と付き合ってるのかって」

「何かの間違いだ。付き合ってない」

朝宮まやか。同学年同クラスの女子生徒。身長は自分からすればそんなに高くなく、青髪を短くした可愛らしい奴、という印象だ。

男に二言はないと言うが、実際本当に可愛らしいとは思う。言えば小動物に近い。物差しで言うなら、校内では彼女に勝る人はいないだろう。よくて並ぶくらいだ。

しかし、なぜ自分が朝宮と付き合ってるという噂が流れたのだ?

もちろん誤報だ。

付き合ってない。

というか、付き合う気もない。

なぜなら…………

皆んなが元に戻り始めた頃、教室のドアが開いて、1人女子生徒が入る。

そして運の悪いことに目が合ってしまった。

「おっはよ〜優正っ」

その一言でまた変な沈黙が流れる。

が、気にせず一直線に近づいてくるのは、朝宮まやか。

「あ、村上君もか。珍しいね」

「ああ。最近仲良くなった」

「おおー。それはそれはよかよか〜。優正にも遂に友達ができたのか〜。お母さん泣きそうだよぉ〜」

村上とも面識があるのは初めて知ったが、どっちも顔が広いから、ない方が非現実的だ。

「おーい。優正ー聞こえてる?」

「いいや何も聞こえてない。耳鼻科行くわ」

あははっ、と笑うと、「んじゃお大事にー」と離れていった。

そこから村上は急に接近してくると、耳元で言う。

「…………マジじゃん」

「本気にするな。偶々昨日会っただけだ」

「ホントにー?」

「本当だ。どこから浮き出た話か知らないが、広めるなよ」

「ははっ。了解」

それからすぐに、村上は他クラスの人に呼ばれて何処かしらへ行った。

僕は僕らしく、自席から動かずに伸び伸びと優雅に過ごす。

他人の目なんて気にしない。

気にするだけ損だ。

僕は欠伸を一つしてから机に突っ伏した。


気づけば6時間目も終わり。

各々が下校の支度をする中、僕もそれに紛れ、足早に靴箱まで着いて履き替えていると、頭に鞄がぶつかった。

誰の仕業か。見上げれば正体は直ぐに分かる。

「速い。もう少し遅めに準備しなよ」

「違う。置いてこうとしたんだ」

むーっと膨れる校内一の美女、朝宮まやか。

余談だが、僕らは幼馴染という腐れ縁だ。

小中高全て同じという何とも不気味な因果だが、まあそれはそれで良しとしている。

2人で並んで歩くたびに視線がチラホラと向く。大体、というか、ほぼ全ては朝宮まやかに向けられたものだ。

そんなことに気づいてもないのか、いつもの笑顔で話しかけてくる。

僕は適当に相槌を打っていると、いつの間にか近所のゲーセンに付き合わされた。

「まやか。やったことあんの?」

「任せろー。こう見えて意外とゲーセン得意なんだ〜」

数時間後。

「…………一個も取れなかったね」

「あ、そう」

「んじゃ次はカラオケ行こうっ」

「僕の意向は…………」

「今更今更〜」

「人でなし」


ようやく日が隠れた頃。

自販機で適当に買った缶コーヒーと、ミルクティーを持って、既に先客のいる公園のベンチに間を空けて腰をかける。

ミルクティーを渡して、「ありがと〜」と一切気持ちのこもって無い礼を受け取り、僕もコーヒーを飲み始める。

「いやー疲れたー。けど楽しかったー。優正は〜?」

「普通」

「うわーつまんねぇ」

「心の声漏れてますよ」

あははっ、とまた楽しそうに笑う。

コイツはいつもこうなのだ。

「そういえば、隣のクラスの子がね。優正のこと、気になってるんだって。紹介してあげよっか?」

「されても困る」

「…………優正、恋愛に興味無さそうだもんね」

「そう言うまやかはあるのか?」

「私? うーん、どうだろ。『付き合ってくださいっ』て言ってくれる人は沢山いるんだけど、私としてはお前誰〜? って感じなんだよねー」

「それ、本人の前で言ってないよな?」

「あったりまえだよ。優正じゃないんだから」

「僕が非常識だとでも?」

「そのとーり。この世で最も名前と性格が一致してない人」

言い得て妙だな、と勝手に納得する。

それ以降も2人でダラダラと過ごしていると、歩道の方にいた2人の人影が「まやか〜」と手を振ってくる。

「あっ、しのちゃんとなおちゃんだ〜。お〜い」

制服姿で僕ら同様、帰宅せずにそのまま遊び歩いた類いだろう。

「お二人とも帰り際っすか〜?」

酔っ払いのような絡みで、まやかは言った。

「そうそう。まやかは、と————」

亜麻色の髪を長くした女子生徒がチラッと僕を見る。

僕としては彼女達が誰なのか全く把握してないのだが、2人は知っているようで「暁君っ」と驚きの声を上げた。

…………いや、そこまで驚かれるようなことはしてないので、何とも不本意な状態だ。

とりあえず、空いている手を適当に振って、後の説明は隣の奴に任せることにした。

「いやー大変だったんだよ〜。暁君が〜あれも行きたいこれも行きたいって聞かなくって」

「相変わらず、嘘しかつかないよな」

「むっ、それは誤解。私が嘘をつくのは必要あってのことで…………つまりは、優正にしか嘘は言わない」

「うわー、さいてーい」

「最低じゃない。優正が悪いんだから仕方ない」

「仕方ないんじゃない。まやかが最低なのが悪い」

2人で適当に言い争っていると、もう2人が笑い出した。

「そんな笑う場面でしたっけここ?」

僕が言うと、「ごめんごめん」とまだ笑っている。

「何か意外だなーって。暁君結構喋るんだね。学校ではあんなに静かなのに」

ねーと彼女の隣にいるポニーテールの子も同調する。

「あ、忘れてた。私は山下しのん。こっちは樋口直子ひぐち なおこ。よろしくね」

短く「よろしく」と言い、僕は口直しに缶を口に運ぶ。

ところで、と何処かの誰かさんのような、村上宏大のような言い回しをする山下しのん。

まやかもミルクティーを飲みながら聞いている。

2?」

暁優正、朝宮まやかは共に「「ぶっは」」と吹き出した。

「付き合ってないよ、しのん。第一この人、恋愛に興味無いし。ていうか、人に興味無いし」

「色々言ってるけどな、僕は別に人に興味がない訳じゃ無い」

「ふーん。じゃあどんな人に興味を持つのさ?」

「知らん」

「は?」

「知らん」

「いや、何かあるでしょ?」

「実際、今興味がある人がいない」

はあっ、と呆れたように溜息を吐かれる。

「何というか、痴話喧嘩?」

「違う」

「違うよ」

僕らがハモるのを見て、ヒューヒューと歓声を上げる。

しかしなるほど。それは考えもしなかった。

朝宮まやかと恋仲になるとな。

少しの世間話の後、山下と樋口とは帰路が別であり、別れると、僕は隣にいる幼馴染を直視していた。

「……な、何? 何か付いてる?」

自信を無くしたように、自分の衣服を確認する。

「いや、そうじゃない」

…………冷静に考えて無いな。

「まやか。僕のこと、どう思う?」

「どう、思う?」

「まやかの友達が言ってたこと。考えてみたんだ。それについて」

「え、なぞなぞ?」

「違う。恋愛話だ」

「あーそゆこと……」

まやかは少し唸って考える。

後に背伸びをしながら応える。

「言うてずっと一緒にいるからね〜。付き合っても、あんまし変わんない気がする」

「だな」

沈黙が訪れる。

辺りは静かで、光源は点々とある街灯と家の隙間から漏れ出る光ぐらいだ。

「んじゃ、家ここだから」

「むーっ、いいのかー。女の子を1人で帰らせて」

頬を膨らませる。僕はこれをされるといつも言うことを聞くのが通常になっている気がする。

「…………はいはい」

「あ、意外と素直」

僕は何故か自分の家を通り越して、朝宮家を目指す。後ろからテクテクとまやかが追いつき、いつものように笑いながら色々と話し出した。

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