幼なじみ
いらっしゃいませ!あら、アオイ君。こんな大雪なのに来てくれてありがとう。今日はお客さん少ないし、カウンター席でゆっくり話そうよ。あ、コート預かるね……おぉ、肩口が雪で白くなっちゃってる。
仕事納めかな?年の瀬まで働いて、えらいね。…ってそれは私もか。まぁ、うちの居酒屋はいつでも営業中なのが取り柄だからね。アオイ君みたいに、ふらりと立ち寄ってくれる人のお陰で、なんとかやっていけてるわけ。毎度ありがとうございます、お客様♪…なんてね。
それにしても今日は雪、よく降ったねー。ここ数年でも一番の積もり方だよ。道が歩きにくかったり滑って危なかったりするけど、私は雪化粧した町がいつもと違って見えるのが好きなんだ。
とりあえず、初めはビールでいいかな?お通しはキャベツの胡麻和え。私の自信作なんだ。残しちゃうお客さんもいるけど、アオイ君はいつも綺麗に食べてくれて嬉しい。
…はい、ビール。私は仕事中だから飲めないけど、空のグラスで乾杯しよう。はい、今年もお疲れ様でした、かんぱーい!
なんだか浮かない顔だね。理由を当ててあげようか?なんてったって、私は君のことは何でも知ってるんだから。
もしかして、また職場で怖い先輩にきつくお説教されちゃった?……おぉ、その反応、図星だね。さすが私、一発正解。
わかるよー。あの先輩見た目いかついし、言葉遣いも荒いからねー。直下で働く苦労、半端じゃないよね。私だったら、三日で音を上げちゃいそう。いくら怒られても黙って頑張るアオイ君、ほんとにすごいと思う。
でもね…実は、先輩は君のことすごく買ってるの、知ってる?ふふ、そんなに驚かなくても…私が下手な嘘をつく女にみえる?
あの怖~い先輩、実はうちの常連でさ……あんまり会社の人と会いたくないらしくて、すごく遅い時間にしか来ないんだけど。そこで、柄にもなく色々と会社の話をしてくれるの。ふふ、あの
でね、ひとしきり上司や取引先の悪口をぶつけたあと、決まって言うのが…アオイ君、君への感謝なんだよ。……噓じゃないって。守矢はやるやつだ、あいつは信用できるって、酔っ払いながら何度も繰り返すの。私はうんうんって適当に相槌打ちながら、笑いを嚙み殺すのに必死なの。アオイ君がこれ聞いたら、なんて思うだろうって。
もっと早く言えって…まぁ、そうかもしれないね。ごめんごめん。でも、先輩は期待してる君だからこそ、厳しく鍛えたいって常々言ってたから、その意向を尊重して今まで黙ってたの。だからアオイ君、君はもっと自信を持っていいんだよ。
◇
そろそろ何か注文する?アオイ君の好きな唐揚げはどうかな。うちの唐揚げは外はサクサク中はジュワジュワ、他所では味わえない逸品でございます。うん、唐揚げ一皿と枝豆。すぐ持ってくるね。
……そうそう、あの嫌味な部長。来月から地の果てに飛ばされるらしいよ。ふふ、また狐につままれたような顔して。うちの店の情報網、甘くみないでよね。人事情報はどこより早く仕入れてるんだから。
君も部長には色々と苦しめられたみたいだから、いい酒の肴になるかなって。それに、あいつうちの店に来ると私の胸ばっかり見て、ほんとに気持ち悪いったら……いなくなってくれて、私も気持ちが軽くなったよ。
それでね、また君の知らない裏話。あの怖い先輩の。部長が理不尽すぎて、このままだと若手にも直接被害が及ぶからって、先回りして後輩を厳しく指導する姿を見せてたんだって。実際、部長から直接怒鳴られたり嫌味を言われたこと、全然ないんじゃない?先輩が間に入って、うまく立ち回ってくれたお陰で、アオイ君たち若手は無事だったんだよ。
…あはは!アオイ君の顔、おもしろーい!先輩、一生ついていきます!…みたいな決意固めちゃってるの?まぁ私の見立てだと、あの先輩は仕事ができるし人徳者だから絶対出世する。付いてっても損はないんじゃないかな。……って、そんな生々しい話じゃなくて、先輩にはちゃんと感謝するんだよ、アオイ君。
◇
唐揚げおいしい?おいしかろう絶品だろうー。君がそうやってモグモグ食べてくれると、料理人冥利に尽きるよ。
次はご飯もの、といく所だけど、今日は大晦日。年越し蕎麦はどう?うちの自慢の天ぷらをのっけた温かいお蕎麦、絶対おいしいよ。うん、ありがとう。なんか私がすすめたもの全部頼ませちゃって、ごめんね♪
……はいお待ち、お蕎麦だよ。えびの天ぷら、一個おまけしといた。…まぁそう恐縮しないで。幼なじみからの、ささやかなプレゼントだよ。
まだ、表情が晴れないね。他に、気になることでもある?え、ビールもう一杯?いよっ、いい飲みっぷりだねぇお客さん。
……ひょっとして、茜のこと?たしか夏だよね、君が茜に告白して、振られたの…
ごめんごめん、古傷えぐるつもりはないんだ…でも、まだ引っ張ってたなんて知らなくて。アオイ君の中では、もう吹っ切れてるんだと思ってたから…
茜のこと、君はずっと好きだったもんね。小中高、ずっと二人と一緒にいて、私は気付いてたよ。茜が好きで、でも今の関係を壊したくなくて、距離感を掴めずに苦しんでた君の気持ち……茜も早い段階で気付いて、悩んでたと思う。あのキャラだから、私たちの前では明るく振る舞ってたけどね。
ここで言っていいことか分からないけど……実は君が茜にアプローチしてた頃、茜から相談されたんだ。自分でもどうすればいいか分からない、気持ちの整理がつかないって…
でも結局、あの時の茜は付き合いかけの男の人、今の彼氏がもういて…それでその人を裏切れないからって、君の告白を泣く泣く断った。なに、そんなに意外?断ったときは、わざと素っ気ないふりしてたかもだけど、あのあと茜、私に泣きながら電話してきたんだよ。アオイ君に酷いことしちゃった、一番の友達を無くしちゃったって…
……はい、しめっぽい話はここまで!せっかくの年越し蕎麦、冷めない内に食べてよね。もしかして…泣いてるの…?ごめんね…君が茜を想う気持ち、そんなに強かったんだね。私、ずっと君の傍にいたのに、支えてあげられなかった…
◇
はい、おしぼり。これで涙拭いて。あんまり君が悲しそうだったから、つられて私も奥で少し泣いちゃったよ。仕事中に泣くなんて、私もまだまだね。
今日も、料理を綺麗に食べてくれてありがとう。来年も頼りにしてるからね。
…あ、そうだ。アオイ君って今年は帰省しないんだよね。私もなんだ。家族と過ごさないお正月って、やることなくて手持ち無沙汰だよね。
ねぇアオイ君。もし良ければだけど、明日、近くの神社に初詣に行かない?年中無休のうちも、一月一日だけは休みが取れるんだ。せっかくの自由時間、アオイ君と一緒に過ごしたい…なんてね。
…なに赤くなってるのよ。子供の頃だって、地元で一緒に初詣行ったでしょ…もう、そんな反応されると私まで恥ずかしくなってくるじゃん。アオイ君の、バカ!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます