旅するボクっ娘

 同じクラスの可愛い女子と初めて楽しくお喋りし、ルンルンと帰路についた矢先、校門で待ち構えていた見慣れたツインテールに出鼻をくじかれる。パッと見は少年のような体型の美少女だが、よく見ると目が死んでいる……と、目が合ってしまった。


「ねぇアオイ君。さっき話してた女、?」


 誰と話そうが俺の勝手であり、ツインテールには校内で付きまとわれて迷惑している旨を簡潔に告げて、足早に校門を出る。


「ボク以外の女には関わらないって…アオイ君、言ったよね?」


 交わした覚えのない約束をぶり返されつつ、角を曲がった瞬間にダッシュ。「なんで、なんで裏切るの…?」という声が次第に小さくなる。追跡は撒けたはずだ。


                 ◇


 最寄り駅から電車で1時間ほどかかる塾の帰り、夕食でも買おうと立ち寄った近くのコンビニ。焼肉弁当とお茶をレジに置き、ふと顔を上げるとストライプ柄の制服に身を固めたツインテールの笑顔があった。


「いらっしゃいませー!温めますか?ボクたちの仲も、なんちゃって」


 そのままで大丈夫ですとかすれた声で答え、Suicaを決済端末に叩きつけて自動ドアを飛び出す。「またご利用くださーい!」という快活な声が背中に突き刺さる。


 ツインテお前、たしか噴水付きの豪邸住みだよな。バイトする必要、ないよな。


                 ◇


 事故で遅延した帰りの電車で、運行再開はまだかとやきもきしていると、すごい勢いで手を振りながら、ホーム上を高速で接近する高熱源体を確認する。言わずもがなツインテールだ。


「やったー!電車遅れたせいでアオイ君と一緒に帰れるー!」


 急に電話がかかってきたふりをして立ち上がり、貫通扉から隣の車両に移動する。そのままツインテールの視線を感じながら最後尾まで歩き、逃げ場がなくなったのでホームに飛び降りて階段を駆け上がる。


「待ってよー、せっかく電車止めたのに逃げちゃもったいない。ぶー」


 本格的に身の危険を感じ、改札を出てすぐのロータリーに停車していたタクシーに転がり込む。走り出すタクシーのバックミラーには、駅前で飛び跳ねながら手をふるツインテールがはっきり映っていた。


                 ◇


 家に辿り着くと、珍しく早めに帰宅した両親がなにやら真剣な表情で話し込んでいる。聞くと、今日だけで30回以上の無言電話があったほか、何者かに玄関の植木鉢や勝手口の窓ガラスが割られる被害があり、警察に相談したとのことだ。


「あ、それ学校の同級生だわ」


 ホームズも裸足で逃げ出すIQ5の名推理を披露し、0秒で犯人を突き止めた俺の言葉を、両親は眉をひそめて却下した。


「いまは冗談いってる場合じゃない。危ない目に遭う前に、身の安全を確保するんだ」


 数日分の着替え、非常食、幾ばくかの現金、ダメ押しにパスポートまで入ったリュックを押し付けられる。え?……えっ?


「固まっていると逆に狙われやすい。リスク分散のためにも、ここは別々に逃げよう」


 そう言って、一切合財を積んだ車で夜道を走り去った。いやサバゲ―じゃないんだから…


                 ◇


 ツインテールに荒らされた我が家で一夜を過ごすもの気が引け、翌日が休日だったこともあり俺はその夜の電車で西に行けるだけ行った。


 翌朝、大きな造船所や教会が有名な港町にて、ちゃんぽん屋で遅めの朝食にありついていると、奥から前掛けにバンダナという風体のツインテールが現れた。


「あれ!アオイ君、ぐうぜーん!ここボクの実家で休みの日に店番してるんだー。こんな所まで会いに来てくれるなんて、うーれしー」


 いや嘘だろ。お前絶対さっき、奥で本物の店主眠らせて入れ替わっただろ。頭の片隅で突っ込みながら、500円玉をテーブルに叩きつけて店を飛び出す。釣りはいらねぇ。


 自分の甘さを反省し、つかまえたタクシーで空港に直行する。LCCの予約端末で出発10分前の航空券をギリギリのところで押さえ、狭い機内にツインテールの姿がないことを確認すると、俺は安心して南の島に飛び立った。


                 ◇


 モノレールを降り、古城へと向かう坂を上る。ここまで絶えず追われていたせいで余裕がなかったが、この島では堂々と観光を楽しむことができる。謎の優越感に浸りながら、お札にも描かれた城門をくぐった、その時。


「アオイ君、メンソレータム!」


 アロハシャツと花輪を装備したツインテールが、門の脇でニコニコと手招きしている。いや、色々間違ってるから…せめて、めんそーれは正しく言おうよ…


「やっぱりアオイ君とボク、運命で結ばれてるんだね!こんな遠い所でも再会しちゃうなんて、赤い糸が見えそう!」


 俺の脳内では緊急事態用の赤ランプが激しく点滅してるよ。色しか合ってないね。


「もうここで結婚して、この島で新婚旅行しちゃおうか?それとも、やっぱり両家顔合せの方が先かなぁ…」


 未来予想図を心に描き始めたツインテールを尻目に、来た道を全力で駆け下りる。そろそろ働きづめの生存本能に休暇をあげたい。


                 ◇


 赤道直下に位置する東南アジア随一の金融センター。だが、残念ながら俺はドリアンにも船が乗っかったホテルにも、ましてや南極を目指す女子高生4人組にも用はない。電車で市街地に出ると、古着屋で現地に溶け込める服とグラサンを購入。変装完了だ。あとは波止場でマーライオンの真似でもしていれば見つかることはないだろう。


 だが、高層ビル街をFPSのような足取りで慎重に進んでいると、さっそく出るものが出た。通りかかった店から、ブランドロゴの入った買い物袋を両脇に抱えたツインテールが現れたのだ。道路脇に停めた黒塗りの高級車に、爺やの手をかりて戦利品を詰め込んだ後、おもむろに俺に眩しい笑顔を向けた。


「ハロー!アオイ君、そのサングラスかっこいいねー」


 いや、海外来てちょっとショッピング楽しんじゃってるよね。本来の目的見失いかけたよね。


 だが、ここまでの戦いで俺は成長していた。ただ逃げるだけではなく、ツインテールに正面から挑み、勝利するのだ。


「ここまで付いて来てもらったところ悪いが、俺はお前と付き合う気はない。諦めて帰ってくれ」


 相手をまっすぐ見据え、毅然と言い放つ。よし、一矢報いた。


 しかし、次の瞬間ツインテールの目に浮かんだのは失望でも悲しみでもなく、侮蔑の色だった。


「はぁー…自分の立場、分かって言ってるのかなぁ」


 言いながら、ツインテールを両手で引っ張る。精巧なエクステンションが、するりと外れた。


「一体いつから…?」


 ……なん……だと……


「お坊ちゃまは財閥総帥であるお祖母様の命で、ともにお屋敷で暮らす男の子を探されていたのです」


 待ってましたとばかりに、説明キャラの爺やが口を開く。お前ここで出てくるのかよ。


「お祖母様は、その…男の子同士があれやこれやする姿が何よりの大好物でして…余命幾ばくもないと宣告された現在、お坊ちゃまとお相手が屋敷で戯れる様子を見たいと、それを全財産相続の条件とされたのです。あ、女装の方は単にお坊ちゃまの趣味にございます」


 あ、今回そのパティーンね。完全に理解した。


「ボクだって、男といちゃつくのは本望じゃないが…祖母には色々と世話になったし、財産のこともある…半年ぐらい…その、一緒に暮らさないか…?」


 え?なんか、満更でもないみたいな顔してる……えっ?


「別に、アオイ君が望むなら、普段もツインテールで過ごしてやっても、いい……勘違いするなよ、ぜんぶ財産のためなんだからな!」


 かくして、ツインテールにはツンデレ属性が搭載されているという通説が裏付けられるとともに、二人の間には他人に絶対言えない秘密が生まれたのだった。


 こんなオチってあり……?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る