クリスマスイブ

 街にクリスマスソングが流れ、街中が浮き足立っている。

 クリスマスイブのその日も、私たちは冬休みの補習のために高校に向かう。

「委員長は放課後にデートするんだって」

「きゃー!」

「詩音ー。この後クリぼっちの女子会やるけど、来ない?」

「ごめんね、私、バイト入れたから。行けない〜」

 手を合わせて謝る。どちらにしろ、高校卒業後の一人暮らしのためのお金を貯めているので、そんな余裕はない。

「ほんと、バイトよくやるよねえ。卒業後の費用?」

 友達に聞かれて頷く。

「うん。今日なんかは、あなたたちみたいに遊んでいる人が多いから、時給が高い仕事が多いのだ!」

「学年一番なのに大学に進学しないって知ってびっくりしたよ」

「そうだよ、っていうか今日だって大学受験に向けての補習なんだから、詩音は来なくても大丈夫じゃん」

「えー、みんなに会いたかったから!」

 私は首を傾げてウインクをしながら言う。うそではないけれど、一番の理由は家にいたくないから。

「かわいいこと言いやがって!」

「じゃ、そろそろ私バイトに向かうね。詩音様のお通りじゃー」

「ははあ〜」

 みんながひれ伏すふりをして見送ってくれた。こんな他愛もないやりとりができるのもあと少しだと思うと寂しさを感じた。


 クリスマスは、ちゃんとした家族のお祝いだ。もしくは恋人の。

 暖かいリビングに豪華な食卓。本やテレビで見て想像した私には手の届かない眩しすぎるその光景と、実際の自分が住んでいるアパートの寒々しくてお酒とタバコの匂いが充満する部屋との違いを思い、ため息をつく。

 マフラーに顔を埋めて寒風が吹きつける中、バイト先へ向かう。冬空に晒された耳がちぎれるように痛い。


「こんにちは」

「こんにちは。詩音ちゃん、ありがとね、こんな時期まで。衣装はそれだから、向こうのロッカールームで着替えてきて」

 今日のバイトは近所の商店街でサンタクロースの服を着て、子供たちにちょっとしたお菓子などの詰め合わせを配るバイトだ。

「はいどうぞ」

「サンタさん、ありがとう!」

 子供たちの笑顔が私の心を温かくする。この温かさを今クリスマスパーティーや女子会をやっている友達は知らないだろうな、と思うとかすかな優越感を覚える。

「わあ! サンタさんだ! お姉さんだよ」

 2、3歳くらいのかわいい男の子が寄ってきた。

「ありがとう。お菓子をあげるね」

 私は背負っていた袋からお菓子の袋を差し出す。

「あ、こら! 手を繋いでなさいって言ったじゃない!」

「すみません、ありがとうございます」

 男の子の両親と思われる人が走りながらこちらに慌てて近づいてくる。

「あ……!」

「詩音さん」

 男の子のお父さんは、担任の先生だった。私はにっこりと笑う。

「こんばんは」

「こんばんは。バイト、えらいね。この人が僕の奥さん」

「こんばんは」

 ふんわりと笑う華奢な女の人は、綺麗で優しそうで私には手に入れられないものを持っていた。

「子供が好きなんだな。そういえば、面接練習の時にも『教育に携わり、私のような境遇の子を少しでも減らしたいです』って言ってたな」

「やめてくださいよー。お恥ずかしい」

 私は、言葉を覚えてもらっていた嬉しさでにやけそうになるのを必死で抑える。担当クラスの生徒の面接だ。練習した時の言葉なんて覚えているのが当然なんだろう。

「じゃあ」

「ありがとうね」

 そう言って光に包まれた3人はまた、夜の街へと消えていった。私のような陰を持った人間が、先生のような明るさに惹かれることは仕方のないことだ。

 私の淡い気持ちは誰にも悟らせるつもりはない。ただ、クリスマスイブの夜に密かに想っている人と会えただけ幸せなことなんだと自分を信じ込ませる。


 バイト帰りに制服のスカートのポケットに手を突っ込むと、いつからあったのか飴玉が入っていて、指先でそのコロンとした感触を感じた。

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クリスマス小説 郷野すみれ @satono_sumire

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