~回想~ 全盲の少女として生きるために

アズサは早く目を覚ました。そんな感覚があった。七時半、実際に早い時間であった。幸いなのは今日が土曜日であることだった。勿論アズサはユイがどんな学校に通い、どんな友達と過ごしたりなどは知っていたがまだ学校には行きたい気分ではなかった。この生活になる上で、決めておくべきルールがあったからだ。まず大事なのは視界についてだ。周りにアズサが、いやユイと言うべきか、が魔女であることを知られるのはまずかった。故にアズサは己が魔女でいるときは視界を取り戻すことを自分に許可した。そしてもう一つ、アズサはやらなければならないことがある。


ユイの家は二階建てである。今きっとアズサの前には階段がある。一直線の階段だ。足下を確認した。段差だ。間違いなかった。手すりらしきものもあった。

今からアズサはここから転げ落ちる必要がある。アズサはこれから全盲の女性として生きていく必要がある。それは一人では不可能だ。だからまず、この状況を他者に受け止めてもらう必要がある。それにはきっかけ、いわゆるシチュエーションを作る必要がアズサにはあった。なぜならユイという女性は今、なんのきっかけもなくただ視力を失っただけの人物であるからだ。それを受け入れさせるには、周りに対してできる限りの証明をする必要があった。

体に力が入った。不可抗力的なものだ。身構えてしまうのは仕方のないことだった。壁伝いに歩きながら段差を探した。そしてそれはすぐ見つかった。この家の階段は広かった。転がり落ちたとて打撲で済むような、そんな広さだった。階段一段ごとに寝転がることが可能であった。そんな確信を持っていた。しかしながら怖かった。そしてこの感情にアズサは安心感を抱いていた。それがなんなのかはわからなかったが。

数分後、家の中に音が響いた、鈍めの、そして大きな音だった。


ロボットのような気分だった。両親は視力を失ったと伝えてもとても信じられなかったようだった。当然ではあると思うが。まず病院に連れて行かれた。病院に着く頃にはほとんど信じられていた。それは自分の振る舞いがまさに視力がない人物のそれだったからだ。とりあえず視力検査のようなものを受けた。勿論全て「わかりません」と答えた。30分以上同じような時間が続いた。アズサはほぼ全ての質問に「わかりません」と答えた。それしか言葉を発せないロボットのように。アズサにとって地獄に近い時間だった。

しかしながらアズサの目的は達成された。ユイの両親はアズサの現状を正しく理解した。しかし依然両親の中で謎があった。そしてその答えをアズサも考え出せずにいた。何か、それは視力がなくなった理由だ。そしてアズサは絶対にこれを説明しなければならない時が今日中に来ると思った。アズサは悩んだ。嘘をつくのは難しかった。その後も嘘をつかなきゃいけないのだ。それは苦痛なのだ。重ねる嘘を考える労力、嘘をつくことで痛む良心。アズサは優しかったのだ。嘘をつけないくらいに。

だから話すことにした。これがアズサの出した結論だった。

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