~回想~ 三人目の魔女

ユイは魔女と向かい合っていた。ユイから話すべきか、待つべきか、ユイは迷っていた。しかしこの迷いは必要なかった。先に口を開いたのは魔女だった。

「何をご所望?」

ご所望、この言葉によってユイは今更ながら魔女はなんのためにここにきたかを思い出した。

「私って、何人目なんですか?」

「最初の発言内容としては一般的に不適切なことを言うのね。」

「魔女さんも一般論なんか持ってるんですね。」

「魔女と言っても私もただの女子高生なの。自然と芽生えるものじゃないかしら。」

本とは案外嘘をつかないものだとユイは思った。実はあの本の作者も目の前の魔女のように一般的な生活をしている魔法使いなのかもしれない。

「願いって、どんなことでも叶えられるんですか?」

「私の思いつく限りでは、不可能はないんじゃないかしら。」

そう言われたら、ユイは不可能を探してみたいと思った。しかしながらそれを想像する力をユイは持ち合わせていなかった。故にユイは己の欲望をそのまま願いにしようとした。

「決めてないのね。」

魔女は少し驚いたような顔をした。

「悩むのが普通では?例えば十万円の買い物をするとき本当にこれを買うべきか、違うものを買うべきか、はたまた貯蓄するか悩むでしょう?五感の一つは魔法の使えない人間からしたら悩む対象なんですよ。」

魔女は他の人間と大きな差異の無い生活をしている。もちろん魔法でなんでも可能であるが、魔女にとって魔法だけに頼り続けるのは単純につまらないものであった。魔女は人並みの苦労をすることを望んでいた。それだけのことだ。

「あなたって、自己中なのね。」

魔女はユイにそう言った。ユイにその声は聞こえなかったようだ。しかしながら魔女は彼女に不快感を抱いてはいなかった。むしろ楽しんでいた。魔女として他者と関わるということは前例のない、いわば初めてのことだ。そんな状況を楽しまずしてどうするのだ。そんなふうに考えていた。


「魔女になりたい。」

それがユイの結論だった。ユイはこの結論がそれなりにすぐ頭の中に出てきていた。しかしながらすぐには言わなかった。もっと頭の中でいいと思える結論があると思ったからだ。しかしそんなものはユイの頭に浮かばなかった。故に最初に出てきたものを願いとした。

魔女はこれをとても面白いと評価した。一生のお願い、と言って『一生のお願いを何度でも使えるようにして欲しい』と言うようなものだ。この子はどこまでも斜め上を行く。決めるときからそうだ。普通なら決めてから、そもそも五感の一つを対価にするのだ。どうしても何かをこうしたい。そんな願いを持って自分の元へ来ると考えていた。

「あなたが魔法を使えるようにしたらいいのかしら。」

「その前に、対価は視覚でいい?」

さらに驚いた。個人的に魔女は視覚を選ぶ人間はいないと考えていた。自分を含め、体感的に五感のうち一番頼っているのは視覚だった。それを対価に出すのはとても驚くに値した。つくづく、魔女は目の前の歳もきっと離れていないであろう少女に遊ばれているようだ。

「勿論。拒否する理由なんかないわ。」

「あと、さっきの質問にちゃんと答えなきゃね。少し違う。端的に言うと、魔女さん。あなたになりたいの。」

「端的である必要はないわ。お互い急いでるわけじゃないんだから。ゆっくり説明されたほうが私は嬉しいわ。だってあなたの発言、私の想定に収まらないんだもの。」

自然とユイの口調は改まった敬語ではなくなっていた。魔女はそれを少し嬉しく思った。

「そうか。確かにそうだ。うんと・・魔女さんの体が欲しいの。」

「というと?」

「そうだなあ。深くプランニングしないで言ってるから。ごめんなさい。なんだろう。じゃあ、私と身体を交換しませんか?って言ってるの。」

もはや驚くこともできなくなるかもしれない。魔女はそう思った。対価はいわゆる前払いだ。つまり身体を交換した場合彼女はノーダメージで自分の願いを叶えられるということだ。

しかしながら魔女はとても刺激を愛する人であった。面白い。そう思った。そして自分が魔女であることを改めて思った。故に自分が気に入らないなら魔法を行使すればいい。魔女なのだから。

初めて魔女は笑いを顔に出した。ユイはそんな顔はみていなかったが。魔女は一度指を鳴らした。魔法はとても簡単だった。

「そうか、対価を背負うのは、魔女さんなのか。」

気づかずに言っていたのか。それはそれで怖いものである。魔女はそんな評価をした。魔女は人に対して初めて恐怖を覚えた。本人はそれを自覚していなかったが。

「魔女さん。はなんか嫌だな。私はアズサっていうの。でも今日から私がユイなのね。」

「そう。で私がアズサ。」

「でも、生活外では私たちの呼び名まで変える必要はないわ。」

「つまり、学校などでは互いに入れ替わって生きるけれど、ううん・・例えばお互いに話す時は私はあなたをアズサと呼ぶわ。そしてあなたは私をユイと呼ぶ、そういうこと?」

「そういうことよ。勿論この先この感覚を奪って願いを叶えるという仕事は私がやるわ。幸い、ユイが一人目だから。」

「目、見えないの?」

「ええ、でも見ようと思えば見れるわ。私は魔女よ?」

「すごいね、魔法って。」

「でも、あなたも使えるわ。」

「どう使うの?」

「簡単よ。こうしたいと思うだけ。例えば、目の前の石を浮かせたい。そう心から考えてみて。」

「こう?」

「目を閉じなくていいわ。ほら、浮いてるでしょう?目を開けてみて。」

「私はもう魔法を体感してるけど。自分で使うとまた不思議な感覚があるね。」

「それが魔法よ。」

ユイは、こうして魔法を知った。魔女がまた一人増えた瞬間だった。

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