ユウの話

ユウの家は貧乏であった。貧乏どころか借金まであった。

どれもこれも父親のせいだ。そうユウは結論づけていた。父親がどんな人であったか。一言で表すことができた。ギャンブル中毒。おまけにDVをする男であった。

ユウの顔は傷だらけであった。ユウは比較的常にニコニコしていられる性格であったがそれすらもできなくなっていきつつあった。これも父親のせいだ。

ユウは父親が嫌いだった。ユウは家族は互いに好きであるべきと考えていたが、父親がそれを不可能と証明してくれた。ユウはそれを中学2年生で知った。まだ知らなくてよかった。ユウはそう思った。

元はユウは暴力を振われる対象ではなかった。そもそも昔は父親はユウの前では優しかった。ユウは父親が好きだった。しかしそれはユウの前だけに過ぎなかった。ユウはもっと早く気づくべきと後悔した。母親の顔が日に日にやつれていっていることに。当時中学一年生だったユウはその父親の外面を信じていた。


進級してすぐだった。ユウはたくさんの友達を作って学校生活を楽しんでいた。ユウは誰とでも仲良くなれた。ユウは人気者だった。ユウにとって今の環境は最高と言っても過言でない。そう評価していた。そんな時だった。その環境はある一言から崩壊の道を歩き始めた。

「ユウ、聞いて、私達引っ越すことになったの。」

「えっ??」

「ユウ、ごめんな。」

父の声だった。理由、どうでもよかった。そんなの聞いても生産性はなかった。もし親の目線から見て聞かれたくなかったときを考えたら、だからユウは聞かなかった。そして悲しい顔もしてはいけないと思った。なぜなら両親は僕が悲しむと知っていてでも話さなくてはいけないと思ったから話してくれたんだから、自分が悲しい顔をしないことがその場でユウにできる最大限の思いやりであると考えたからだ。

「うん。わかったよ!父さん。そんなの気にしないで。僕友達は作るの得意なんだ。」とユウは明るい顔をした。これはもちろん作りものだ。


ユウはお金に対して一つの信頼を持っていた。そしてユウの中でお金に対して一つの仮定を持っていた。この話は彼がその仮定を持つまでの過程である。

ユウは驚いていた。ユウは驚きとは自分の想定の範囲を逸脱したものを視覚で感じた時に発生する感情と考えていた。つまり彼は自分の想定してたものから逸脱したものを見ていた。

ユウは自分の家を比較的お金持ちと考察していた。理由としては欲しいものがそれを口に出すことで基本的に手に入る環境下であること、そして家が人並み以上の大きさをしていることだった。あくまでこれは彼の偏見に過ぎないが、ユウは小学生時代ある同級生の友達の家に遊びにいった。ユウは彼を比較的貧乏であると評価していた。もっとも、当時のユウにとってのそれの判断基準は、持っているものと、身につけているものしかなかったが。その同級生の家はそれなりに汚かった。綺麗さには二種類あるとユウは考えていた。片方の観点からならその家は綺麗だった。と言えた。しかしもう片方の観点なら汚いと言えた、その二つとは、片付けられているか、そしてパッと見たその家が持つ雰囲気だ。例を出すなら、鉄のドアが錆びている。とか。先程の評価の前者が観点における前者であり、後者が後者である。ユウの元の家は後者の観点から綺麗と言えた。故に家とその家族が持つ資金に関連性を定義した。

しかしながら、今ユウの目の前にある家はその同級生の家のような見た目であった。だから驚いていた。きっとこれが新しい自分の家だから。

別に不満はなかった。ただユウの中で自分の予想とは外れたものが見えただけだ。故にこの感情は他のものに派生しなかった。

しかしユウはこれを後悔することになった。派生させるべきだった。もちろん違和感はあった。でもそれを言わないのがユウにとって正しいことと判断していた。後のユウはこれを間違っていると結論づけた。


寂しい。ユウはそう思わなかった。いや、思っていないと自己暗示していた。

宣言通りユウは新しい友達を作るという行為を造作なく行った。しかしユウの心の穴は埋まらなかった。

ユウは理解した。人の不在で空いた穴は他の人では埋められないってことだ。

涙を流すつもりはなかった。それでも少しだけ流れた。寂しさを感じたのだ。

そんな時だった。それは夜だった。深夜だった。ユウは大きな音で目が覚めた。トイレに行こうと思った。部屋を出て、廊下を歩いていた。

でも何故かユウが真っ先に開けたドアは居間に入るドアだった。しかしユウはその行為を一瞬後悔した。

目の前の光景はそれこそユウの想定の範疇にないものだった。飛び出ていた。床にへたり込む母親、それを殴る父親。ユウは動けなかった。金縛りを初めて体感した。震える余裕すらなかった。

でもユウは怖いと思った。父親じゃない。母親をだ。なぜか、そう、笑った。母親は笑った。それはつまりこれを受け入れてるという顔だった。日常を過ごしてる顔だった。嫌がっていなかった。

ユウは逃げ出した。酔っていたのだろう。父親は朝ユウにいつも通りの笑みを向けた。母親も同じだった。ユウはその日それ以降母親の顔を見なかった。

夜中、ユウは目を覚ますことが増えた。深く眠ることはできなくなっていた。ユウは起き上がって居間へ一直線に向かった。

居間のドアを開けた。母親の顔は一目も見ずに父親の前に立って言った。

「僕を殴ってよ。」

これがユウの結論だった。ただただあの顔を見たくないだけだった。

「ダメよユウ。あなたは知らなくていいの。」

母親は知ってほしくなかった。暴力を受けるのがどんなものなのか、どんな感覚なのか。ユウが知る必要はないと思った。


「何をご所望?」

ユウは魔女と向かい合っていた。魔女とどんな過程で会ったのか。そんなのは重要ではなかった。

「記憶や感情を消すことって、できるの?」

「可能だよ。」

「じゃあ。そうして欲しいな。」

「何を消せばいいの?」

ユウが言ったのは母親のあの顔を見た日だった。そしてそれ以降のこの感情。

ユウは母親を愛していたかった。父親はユウの中で踏ん切りがついていた。故に父親が原因で心に穴なんか開かなかった。でも、自分の中で母親は穴になった。そこが見えない。見たくもない。そんな穴だった。恨むこともできない。ユウは心の穴を父親を恨むことで埋めた。しかし母親は?どう埋めたらいい??

父親が暴力を振るったのが悪い?もっともだ。でも違和感がある。母親があの父親の本性を見抜けなかったのが悪い?それは、とても残酷だ。悪いのは、自分だ。母親の顔、引越し先、違和感はたくさんあった。それを見て見ぬ振りをした自分のせいだ。わかっていた。でも、認めたくなかった。父親や、母親のせいにしようとする自分がいた。

だから逃げることにしたんだ。忘却という手段で。

「対価は?」

「じゃあ、味覚かなあ。」

「何故か、聞いてもいい?」

「えっとね、僕、血の味は苦手なんだ。」

「そっか。」

これ以上は言いたくなかった。もし同情でもされたら、また母親のあの顔を見ることのなる気がした。魔女はそれを察したのだ。

「ありがとう。」

ユウは辛い日々を過ごしている。でも母親を愛していた。笑ってはいなかった。今のユウは何故こんな暴力を受けているのか、わからなかった。でもユウは母親を愛していた。ユウは満足していた。幸せではなかったが、ユウは自分が手にできる最大限の幸せを手に入れていた。大抵の人はこれを残酷だと評価するかもしれないが。

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