~回想~ 魔女が魔法を使う時

あまりに胡散臭いものだ。と大抵の人なら思うだろう。コノハはそんな評価をした。コノハにとって魔女の情報を集める行為は簡単だった。コノハは魔女だ。しかし大抵の人と大きく差異のない生活をしていた。魔法も使わないのだから、大きく、でなく、ほぼ。と表現してもいい気すらした。故にコノハは学校に通っていた。地頭がよかった。いや、学びという行為に小さい頃から触れてきたからか、コノハはすんなりと学校で学ぶという生活スタイルに馴染んだ。思考することも記憶することも苦ではなかった。コノハの母は教育に成功した人物と言ってよかった。もちろん、コノハの価値観の中で、だが。コノハは深く他者と関わりは持たなかった。かつコノハは他者の話を聞かなかった。それはコノハの心のスペースの残量がそれを許さなかったからだ。それなのにカフェで客の話を覚えられたのはコノハが魔女というワードに興味を持ったに他ならなかった。

コノハは己の心に残ったスペースと相談しながら情報収集に勤しんだ。手段は一言で盗み聞き、それ以上のことはなかった。しかしながらそれだけでコノハの期待以上の情報を得ることができた。魔女と接触を図る方法も知ることができた。コノハはその通りに動き、魔女と接触を試みた。コノハがこれを試みた理由は興味以外の何者でもなかった。

簡単に会うまでの予定が組まれ、とんとん拍子に日程がきめられていき、コノハ自身も少し驚いていた。

実際に会った場所は神社だった。魔女が実際は悪人で自分に危害を加えるならそれはそれでいいと思っていた。現れた強い感情は現れる前にあった強い感情を弱めてくれる。コノハは今回抱いた興味にそんな評価をしていた。つまり魔女と実際に会い、交流を図ることはこの興味を消すことにつながる。よってまた恐怖に怯える鬱な日々が戻ってくるだけなのだから。


コノハは確かに胡散臭い噂であるという評価をした。しかしながらコノハ自身はこの噂を簡単に信じることができた。なぜならコノハにとって魔法なんてとても身近なものだからだ。それに母は魔女の血は代々受け継がれたものだと言った。つまり魔女が自分の周り以外にいてもそれは驚くことでないと評価をしていたからだ。

魔女は普通の人間に見えた。もちろんそれは一見した上での評価に他ならなかった。

初めに口を開いたのは魔女だった。

「何をご所望?」

「名前とか聞かないんだね。」

「そうね。情報は魔法で得られる。無駄なことをする意味なんかないわ。」

「みんな、信じるの?」

「信じてなくても実際に魔法を使えば信じざるを得なくなるわ。ありがたいことに、今までに信じなかった人はいなかったけど。」

「そりゃそうか。」

「人と話すのが好きなの?」

「そんなに。でも自分以外の魔女と話してるつて考えると興味が湧くの。他者との共通部分を見つけたら、なんだかその人に興味が湧かない?」

「魔法が使えるのね。」

「使えるよ。手をグーパーするように、深呼吸をするかのように。」

「あはは、そう。なんだかすごくほんとっぽいの。いえ、きっとほんとなんだわ。でも、魔法が使えるならなぜ私のことを呼んだの?」

「使いたくないから。ねえ、少し聞いてもらっていい?」

「いいわよ。魔女ってのも案外暇なんだから。」

コノハは全て話した。二つの事故を見たこと、それに対して高揚感を感じたこと、自分が人が泣き叫ぶ姿を見ることが好きであると知ってしまったこと、そんな自分に恐怖を覚えたこと、生まれた悪意のままに動くことが簡単な環境であると知って怖くなったこと、悪意とずっと戦い続けたこと、二つの恐怖に怯え続ける生活が辛いこと。全て。

コノハは途中から泣いていた。泣く予定はなかったがなぜか泣いた。こんな気持ちになったのも初めてだった。ずっと欲していたのだ。コノハはずっと話したいと思っていた。誰かにこの苦悩を打ち明けたいと思っていた。魔女は同じ環境の人間だ。だからこの苦悩に共感はせずとも理解してもらうことができると思った。コノハは無償で魔女に助けられた。魔女は何も言わなかった。それでよかった。同情されたいわけではなかった。頑張ったね。と言われたいわけでもなかった。コノハはずっと思っていたことがあった。それを言葉にしよう。そう思った。

「私を殺して。」

コノハはそう言った。魔女は何も言わなかった。

「でも、最後に何かしたい。だから私を呪って、そう・・・24時間。24時間だけ。24時間後に私が死ぬ呪いをかけて。」

魔女は頷いた。そして一度だけ指を鳴らした。

そして帰るそぶりを見せた魔女にコノハは言った。

「対価は」

「いらないわ。」

理由は単純だ。要望は対価になった。命を奪うなら、何も奪う必要はない。


呪いがかけられた、そんな実感はコノハにはなかった。あと数時間経つと死ぬ。そう考えると少し開放感があった。気持ちが軽くなった。

逃げ。そう思われるかもしてないがコノハはこれが最適解だと考えていた。怪物になる時限装置を抱えて、かつ恐怖に怯え毎日が鬱な生活。両方を解決できる結論だった。魔法が消えない限り、コノハは常に怪物予備軍だった。

コノハは一度自分が魔法を使えないように、自分が持つ所謂魔法を使う力を消そうとした。しかしできなかった。悪意もまた己の感情。魔法を使うのに必要なことは『こうしたい』と心から思うこと。コノハは心から消したいと思えなかった。

コノハは最後に目一杯魔法を使いたかった。コノハはまだ高校生だ。魔法。それはコノハの中でとてもキラキラしたものだった。小さな子供が戦隊モノになりたいと考えたり、空を飛びたいと思うのと同じように。コノハは魔法を使うことができた。なんでもできた。コノハの感覚的に、心から笑った。こんなに魔法って楽しいものだったんだ。寿命が一日を切って、コノハはそれを理解した。何をしよう。そうだ。魔女に願いを叶えてもらった人に会ってみたい。どうしたら会えるだろう。ああそうだ時を止めよう。そして願いを叶えてもらった人をこっちにワープさせよう。でもどこに。家に入れるわけには。そうだ。とても空高くに部屋を作ろう。部屋は他の人に見えないようにしよう。そして一つ気になることを確認した。今コノハは時を止めている。呪いのカウントダウンはどうなっているのか。動いてる。コノハは安心した。それからもコノハは思いつくままに魔法を使った。時が動いていたら、1時間はたっていた。準備はできた。後はここにコノハを含む四人をワープさせるだけだった。

コノハは一度深呼吸を挟んで、人生最後の魔法を使った。そして倒れるように寝た。そもそもこの時の時間は午前1時だ。いや、時を止めてから1時間立っているため実質的に午前2時だった。そしてコノハは恐怖からの解放、今まで使ってこなかった魔法を思いつくままに使い続けた反動からだった。コノハは計13時間眠った。考えていた時間が1時間、眠った時間が13時間。全て合わせてコノハの寿命は残り9時間だった。コノハの寝顔は笑っていた。それは10年近くぶりだった。コノハは驚いていた。

時間ってこんなに早く過ぎ去って行くんだ。と思った。

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