第3夜

小学校3年生の時、俺は初めて転校生というもの知った。


俺の住む町は小さな町だった。

各学年クラスはひとつしか無かったし、そのクラスだって多い学年で30人程度だった。

だからだいたいみんな幼稚園は同じとこだったし、みんなの家も言えるくらいの近さだった。


そんなこの町に3年生の2学期が始まる日、転校生がやってきた。

名前は七瀬夏帆ななせかほ。神奈川からの転校生だった。

神奈川と言うと横浜しか知らなくてすごく都会から来たんだなという感じがした。


七瀬さんは初め緊張しているのか背も小さいけど声も小さくて小動物のようだった。

さらにみんなも初めての転校生に興味津々で質問ばかりしていた。


でも1ヶ月もすると七瀬さんはクラスに打ち解けていた。

聞いた話七瀬さんはよく転校をしているのだと言う。

お父さんがテンキンゾクだと言っていたけど俺にはよく分からなかった。

初めは金属なのかと思ったくらいだった。


この学校は10月になると芋掘りをする。

七瀬さんは幼稚園以来だと言う。

周りには田畑がないらしい。

なんだかそんなとこに住んでいた人がそばにいるなんて不思議な感じだ。


久しぶりの芋掘りでも七瀬さんはみんなにアドバイスされながら上手くできていた。

俺は実はまだ七瀬さんとあまり話せずにいる。

元々クラスの様子を席から眺めてることが多かったが知らない人と話せないのだ。

友達が話していれば何とか輪に入っていけるのだが。

しばらくしてこれがコミュ障と言うやつだと知った。


町はだんだん寒くなった。

日も短くなって遊べる時間も短くなっていく。

冬が着実に近づいていた。

この辺りは雪が積もる。

雪が積もると雪合戦や雪だるまも作るけど何よりかまくらが好きだった。


そして今年も雪が降った。

暖冬だと言われても変わりなく降る雪にどこが暖かいんだろうと思いながら、みんなと校庭で遊ぶ。

七瀬さんは雪をみてキャッキャと楽しそうだ。

七瀬さんがいると周りもみんな笑顔になる不思議な存在だ。

だんだん積もっていく雪に俺はワクワクが止まらない。


朝目が覚めるともう随分と積もっている。

これならかまくらが出来そうだと大喜びで学校に向かう。

そして授業中もかまくらのことで頭がいっぱいで何度か先生に怒られてしまった。

授業が終わると1番に飛び出し先生とかまくらを作った。

時間がかかるし、初めは楽しんで作っていたみんなも徐々に雪合戦や雪だるま作りに移っていった。


残ったのは先生と俺と七瀬さん。

七瀬さんは一生懸命作っていた。

他の子と遊ばないのか聞くと

「雪合戦とか雪だるまは昨日もやったから今日はかまくらを作りたいの。」

と微笑んでくれた。

会話が下手な俺はそうかと一言伝えるとそこからは黙々と作業に励んだ。

完成すると先生たちは見回り行くとほかのクラスメイトの元へ行ってしまった。


俺たちは顔を見合せ照れ笑いを浮かべる。

「これ中に入るの?」

「そうだよ!外は寒いけどかまくらの中は温かいんだよ。」

明かりも何も無いので少し暗い。

かまくらは、周りの音を吸収してしまうかのように静かだった。

その静寂を溶かすように

「ほんとだ、温かいね」

と、七瀬さんは言う。

それから緊張も一緒に解けていくように色々な話をした。

時間はあっという間にすぎてしまった。

先生たちからのもう帰りなさいという声に仕方なく帰る準備をする。


次の日から俺は七瀬さんと少し話せるようになった。

一緒にかまくらを作ったり雪合戦をしたり、雪を沢山楽しんだ。

クリスマスの日、みんなでクリスマス会をした。

毎年恒例のクリスマス会はみんなでお菓子や飲み物を持ち寄って親子で参加する。

「こんなに大人数でなにかするのって運動会くらいじゃない?」

と笑う七瀬さんに

「そんなことないよ!この町では芋掘りだってクリスマス会だってみんなでするんだよ」

「それ何年生までみんなでするの?」

「その学年にもよるけど小学校の間はやるかな。」

「それすごいよ、ほかのとこでしたことないもん。」

ほかのとこというものを知らない俺はそれが当然だと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。


少しづつ雪解けしていく春、俺たちは4年生になった。

七瀬さんはすっかり馴染んでいた。


春はみんなでタケノコを採りに行った。

上手く切れなくて尻もちを着く七瀬さんが恥ずかしそうにしている。

仕方ないよと周りの女の子がおしりをはたいてくれていた。


夏はみんなで虫取りをした。

蝉以外にもクワガタやカブトムシも捕まえた。

沢で水遊びもした。

あのひんやりする沢の水がたまらない。

暑くほてった体を冷やしてくれる。

農家のおうちの友達はトウモロコシやトマト、きゅうりをくれる。

みんなでBBQをしたり、夏は充実していた。


秋はみんなでとんぼを追いかけた。

コスモスが咲いた道を綺麗と言うにはまだ小さかった。

だんだん短くなる日を憎んだ。


七瀬さんが来てから2年目の冬が近付いてきた。

その頃七瀬さんが学校で親といるところを見た。

悪いことをしそうなタイプでもないのにどうしたんだろうかと気になっていたがなんとなく聞けなかった。


12月に入り冬休みが近づいたある日、先生は神妙な面持ちで教室に入ってきた。

教室に緊張が走る。

七瀬さんが呼ばれる。

初めの時と同じように七瀬さんは黒板の前に立つ。

「七瀬さんは3学期から違う学校に転校します。みんな仲良くしてくれてありがとうな。残りの期間も沢山遊べよ。」

衝撃だった。

すっかり転校生だったことなど忘れていた。


それから俺はどうしていいのかわからなかった。

また話せなくなってしまった。

話せないままさよならの日は迫ってきていた。


ある日の夕方、たまたま残っていた七瀬さんに会う。

「いつ転校するの?」

「たぶん12月25日だったと思う」

「クリスマス会は来る?24日にやるんだって」

「親は来ないかもしれないけど私は行きたいな」

「どこに行っちゃうの?」

「今度はね、大阪に行くの、たこ焼きたくさん食べなきゃね」

笑っていたけど目には涙を浮かべていた。

俺も思わず泣きそうになった。


2学期の終業式の12月25日、今日七瀬さんは大阪に行ってしまう。

悲しくて寂しくて朝はたまらなく学校に行きたくなかった。

お母さんから最後に会わなくてどうするのと発破をかけられ渋々学校に来た。

みんなお別れなのに笑顔だった。


帰りに七瀬さんはこっそり教えてくれた。

「今日8時の電車に乗るの」

俺はお母さんにお願いして8時の電車に間に合うように駅まで送って貰った。


「七瀬さんっ!」

「わっ!来てくれたの?!嬉しい。私この町に来てみんなに会えてよかった。かまくら、また一緒に作ろうね。」

電車の発車時間が近づく。

お別れの時間が迫ってくる。

「じゃあ、またね。」

電車に乗る七瀬さん。

俺は発車するまでずっと見送っていた。

その日は寒い雪の降る日だった。

サンタさんはプレゼントをくれるはずなのに七瀬さんは行ってしまった。

そしてこれが俺の初恋と知るのは随分あとになってからだった。


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