3-6 美少女の訳ありな理由

 パッションピンクの店の二階が、スキャンティーと下着姿の女性の家になっているという。

 店の裏側、角が丸くなった煉瓦れんがの壁に、び付いた赤い階段が寄り添っている。

 その階段を上っていくと、赤いペンキがはげかかった鉄の戸があった。

 重そうな戸を人差し指で簡単に引っ張って、女性はリリアンに話しかける。


「部屋はあたしと一緒で良いわよね。客間はあるにはあるんだけど、小屋になっている屋根裏部屋か、何年も掃除していない部屋かだし」

「泊めてくださるだけで嬉しいです。本当にありがとうございます」

「まあ、そんなにお礼を言われるような部屋でもないけど」


 彼女の部屋に入ると、甘い柑橘類かんきつるいの香りがした。

良い香りだなぁとリリアンが思って頭を巡らせると、タンスの上の大きな緑の香水のびんが目に入る。

鳥の形をしたびんの蓋は開けられていて、上に綿がめられていた。

きっとこの香りだろう。

 南側のオレンジ色のカーテンにクリップで色々なメモがぶら下がっている。

メモの最後には必ず緑の四角印が付いていた。

エメラルドみたいと、リリアンはふっと思う。


「あたしの名はケイティ・ローレンス。あなたは?」


 タンスから服を取り出しながら女性が、ケイティが話しかけてきた。


「リリアンと申します」

「可愛い名前ね。名字は?」

「あ、リリアン・ポエット・キャロルです」


 本名を告げるとケイティは少しの間制止した。


「ポエットの称号を持つなんて……あなた修道詩人しゅうどうしじんだったの」


 修道詩人にはポエットというミドルネームがつくのだ。


「えぇ一応はそうなっています」

「一応って、修道詩会しゅうどうしかいに選ばれないとポエットが付かないでしょ」

「わたしは、詩人として働くことを禁じられているのです」

「どうして?」


 ケイティに問われたが、リリアンは内容を言えずに俯いた。


「まぁ、いいわ。これに着替えなさいよ」


 ケイティは服と下着をベッドに置き、机の端に腰を下ろすと、こちらを眺め始める。


「あ、あの……着替えるので出て行ってもらえませんか?」

「女同士だからいいじゃない。恥ずかしがる必要なんてないわ」

「自然に一緒にいて着替えるなら、そのできるのですが……」


 ケイティは足を組んで、じーっとこちらを凝視ぎょうししている。


「さすがにそんなに見られたら、緊張きんちょうしますっ」


 言うとケイティはケラケラと笑って、「だってぇ」と言い返してきた。


「詩人なら身体のどこかにグリモワールをつけているでしょ。あるなら見たいじゃないの」


 ふふんと鼻を鳴らして、ケイティはリリアンに不躾ぶしつけな視線を注ぐ。


「お見せできるような代物しろものではありません」


 そう言って背を向けて、彼女はボタンを外し始める。

 目の前の鏡にケイティと自分の姿が映っている。

 ケイティはなにがなんでも発見してやるぞ、という感じの顔をしていた。

 リリアンは修道服の腰のリボンを外し、袖から腕を抜く。

 すとんと黒い服が床に落ち、小柄なのに見事な曲線を描く白い肢体したいが鏡に映り込んだ。


「……グリモワールは?」


 ケイティが興味津々きょうみしんしん眼差まなざしでリリアンの身体の隅々すみずみを確認する。

 清らかで質素な白綿の下着に包まれた身体、その姿を背から見てもグリモワールは見えるはずがない――が。


「怪しい絆創膏ばんそうこう発見」


 明らかに分かる場所に、ばってんに貼られた絆創膏ばんそうこうがあった。

 行儀ぎょうぎ良く膨らんだ胸の谷間の上である。


「ここでしょ」


 ケイティが後ろから手を回して絆創膏ばんそうこうをつつく。


「ひぁん……っ」


 爪の先のつんとした感触にリリアンは小さくなって身もだえした。


「変な声を出さないでよ!」

「そこ、敏感なんです」

「まるでグリモワールが身体と融合ゆうごうしたような口ぶりね」


 ケイティが言ってから、大きな目を険しくした。


「まさか……融合ゆうごうしちゃっているの?」


 その問いにリリアンは黙る。

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