3-5 魔石と下着店

 ホテル江戸屋八丁堀えどやはっちょうぼりを後にして、アベルとベールの少女が向かったのは駅裏の工場地帯だった。

 駆け抜けている通りには縫製工場ほうせいこうじょうが多いのか、ミシンの音があちこちで響く。


「だりぃ、ちくしょう、くそったれ、死ぬ、あほくせぇ」


 罵倒ばとうを吐き散らしながらアベルは大通りから小道に入り、小道から長い階段が続く道へと入っていった。

 たったかたたったかたと階段を上っていると、抱き上げているベールの少女が退屈そうに欠伸あくびをする。


「ちょっと待て、そろそろお前は降りろよ」

 

 階段を百段ほど進んでから、アベルはベールの少女を降ろした。

 彼女は悠長ゆうちょうに首をめぐらせて階段の下を見やる。

 もう追いかけてくる気配はない。


「なんか今日、女抱えて走ってばっかだな」

 

 それも妙な女厳選で、とアベルは心の中で付け足した。


「さっきの子、あなたを探していましたわ。置いてきて良かったのかしら?」

「さっきのって、あの修道女か」

「そう、修道女の子。私に貴方のことを聞きに来たのですわ」


 それを聞いてうんざりしながら、アベルは少女を降ろした。


「知りあいじゃねぇし、変な事言ってくるし、いいんだよ」

「珍しいくらい可愛い子だったのに、色々なことを教えると開発できそうだったのに」

「可愛くても変態だぜ? 朝から男達の前で胸のボタン外して下着見せてたんだぜ?」


 言うとベールの少女はくすっと笑った。


「欲情したら、朝も昼も夜も関係ないでしょう。修道女だって人間ですもの。欲望を縛られていたら可哀想ですわ。もっと開放的にならないと! 服は脱ぐためにあるもの、下着は見せつけるためにあるものですわ!」


 なんかズレている。


「……この街は変なヤツしかいねぇのかよ」


 呆れるのを通り越し、色々と諦めて、アベルは階段の先にある薄汚れた小さな建物を眺めた。

 店のように見えるが看板はない。


「ここが目的地ですわ」


 ベールの女は説明しながら、階段を軽々と上っていき店の戸へ手をかける。


「ミスターはどこにいる」

「ミスターは自分の家にいますわ。その住所は孫ですもの知っていましてよ」


 簡単に言われて、アベルは顔をしかめた。

 重要そうな内容を手軽に吐くやつには裏がある。


「彼は、ミスター・グレーバーなのか?」

「教えて欲しければ店へ入って。私の店ですの」

「……」

「今は訳あって知りあいに預けているけれど、ここは父がくれた私名義の店ですのよ。私がデザインした品が沢山ありますのよ。どうぞ、ごらんになって」


 そして少女はゆっくりと顔を覆い隠すベールを外した。

 生よりも死を感じさせる美しい容貌ようぼうだった。

 青白い顔色、闇をいだいたむらさきの瞳はガラス玉のようにも見える。

 頬に赤味などなく、薄い唇はラベンダー色だ。

 額につけた鴇色ときいろの魔石だけが生気を現す色だった。


「ここは、欲情と煩悩ぼんのうの館ですの」


 暖かみのない手で戸が開かれ、数々のつやめかしい女性用の下着が目に飛び込んでくる。

 そのどれもが可愛らしくも色気があるものばかりだった。


「お好きなものがあったら、さしあげますわ」


 入り口前のマネキンのすけすけな紐パンを指でずらして、少女は笑った。

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