3-4 赤毛の娘とマッチョの慈愛

 リリアンが深刻しんこくな顔で濃厚のうこうミルクを飲んでいると、カウンターの女性が優しく微笑みかけてきた。

 どしゃ降りの中、捨てられた子猫に傘をさすような慈愛じあいに満ちた表情だった。


「ミルクを飲み終わったら、お昼休みに家まで送るわ」

「……家はないのです」

「修道院があるでしょ。この付近にだってあるわ。ベル修道院」

「あそこは危険です!」


 あんなところに一晩泊まったら、乳とかもまれてしまうに違いない。

 そんなことをされたら修道女失格のはずだ。

 男達に狙われている割には、乏しすぎる性知識と不思議な感じに組み立てられた社会見識しゃかいけんしき駆使くししてリリアンは頭をめぐらせる。


 安宿に泊まるのもいいが、安宿の男達も危険だと修道女の仲間達が言っていた。

 危険というのは押し倒されたり、キスをされることだ。

 もしかしたら野球拳やきゅうけんをしながら下着をがれたり、乳を揉まれるかもしれない。

 異性との過剰な接触だけは、なんとしてでも避けなければならないと修道詩会しゅうどうしかいで教わっている。


「ここら辺の宿よりは、ベル修道院の方が安全だと思うけどね」


 女性が言うと、マッチョがずいっと顔を突き出してきた。


「ベル修道院は危険だ」


 彼のカウンターについている右手の中指が切断されたようにない。

マッチョさんもわけありなのですね、とリリアンは彼の顔へ視線を向けた。


「あそこの連中は、手に入れた欲を手放したばかりだ。欲を覚えてしまったからには、後戻りは出来できないだろう。なにも知らずにいれば、清いままだったというのに」


 彼の言葉は理解できなかったが、いい話ではないことだけは分かった。

 カウンターの女性は考え込んでから、やっとホットミルクに口を付けたリリアンへ目をやる。


「わかった。じゃあ、あんた、あたしの部屋に泊まりなさいよ」

「……いいのですか?」

「この街はけっこう危険なのよ。ここら辺では有名な快楽王かいらくおう……エッチな店の連合会長が暗殺されたばかりだし。女が宿に一人で泊まるものじゃないわ」


 言ってから、女性はマッチョに笑みを送った。


「ね、スキャンティーいいでしょ?」

「私も、それがいいと思う。娘さん、そうしなさい」

「戻る場所もないなら夕食を用意するわ。あと、着替えも必要よね。修道服なんか、ここら辺じゃ悪目立ちするだけだもの。へんなことされるかも」


 と、女性はリリアンの頭から胸あたりを探るように見つめる。


「胸はCの75、58、ヒップはちょっと分からないけれどゴムウエストのスカートなら入るし、あたしの服で大丈夫でしょ。服はあたしのをあげるわ」


 身体のサイズをあてられて、リリアンは思わず胸を両手で隠す。

 すると女性が笑いながらウイスキーをグラスに注ぎ、くいっと男前おとこまえな感じで一気に飲み干した。

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