3-3 それなりの事情があるのです!

 あの少年に頼めば、上手くやってくれそうな気がする。

 よくよく考えれば彼のことはあんまり知らないのだけれど……人を放っておけない方だと感じるのだ。


「あの人を見つけないと……」


 呟いて決意を固めると、カウンターの女性がホットミルクを差し出してきた。


「あの人、あの人って、お腹の子の父親?」

「あ、そうです」


 答えると、女性は眉間みけんしわせて難しそうな顔をする。


「その人は、いなくなっちゃったのかしら?」


 言われてリリアンはカップを小さな両手で包み込み、こくんと頷いた。


「わたしを抱いた後、走って姿を消しました」


 正直に答えると、女性は顔を強ばらせて左の眉をぴくんと上げた。


「抱いて妊娠したから、逃げたの、その野郎!」


 かなり怒った様子で言われ、リリアンは慌てて顔を上げる。


「あのっ、きっと何か事情があるのかもしれません。普通と違う気配を持っている人でしたから。悪い人じゃないんです、それどころかすごく良い人で……その」

「火遊びだったかも知れないでしょ。聖なる修道女なんて、ちょっと汚してみたいと思ったのかもよ」

「いいえ、その人は……暴漢達ぼうかんたちからわたしを救ってくれたのです。そのような気軽な気持ちで手を出したとは思えません」


 あの時は、とリリアンは少年と出会った時のことを思い返す。


「あの時は、ああするしかなかったのです」

「よくわからないけど、その男を信じちゃっているのね……」


 怒気どきをゆるめて女性が呟く。

 リリアンは自分の考えを伝えようと、また口を開く。


「それに、先程さきほども人助けをするところを目撃しました。あの人は根っからの善人なのです」

「社会的には善人でも色事いろごとには汚い男もいるのよ? 抱いた時、その人は優しかった?」

 

 リリアンは彼が乱暴に抱いてきたことを思い出す。

 だが、腹に子が宿った時は……この身体が蹌踉よろめいてしまっていて。


「わたし、ふらふらしていたのを助けられたんです」

「あー、いるわね、そういう男。弱っているときにつけ込んだんだわ。……本当にいい男はね、弱者を捨てては行かないものよ」


 そう言って女性は、テーブルを拭き終わってこちらに来たマッチョへ視線を送る。


(……捨てていかない。……わたしは捨てられたのでしょうか……)


 辛い現実を目の当たりにしてリリアンは黙り込んだ。

 はらんだから捨てられたとしたら、このお腹の子はどうなるのだろう。

 父親がいない子供なんて可哀想だ。

 いや、この子は――すぐに母親も失ってしまうのだ。


 ホットミルクを包む手がカタカタと震えてしまう。

 色々なことが重なって、当初の目的を忘れていたが、自分は命を失いかけているのだ。

 その前に、行方不明になった兄に会おうと思ったのだった。

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