3-2 心優しき下着姿の店員さん

「こっちよ」


 先ほどの女性がカウンターの中に入って、リリアンを手招きしてくれている。


 明かりの下、女性の健康的な色気が浮かび上がって見える。

 リリアンより二回り大きな張りのある胸を小さめのブラで押さえつけ、透けているロングカーディガンを羽織はおるという服装なのに赤毛のショートカットの所為せいか、淫猥いんわいさより元気さを感じた。

 彼女はつんと立てた左の小指にリボンを巻いていて、それが妙に可愛らしい。


おごってあげるわ。なにか飲む?」

「ミルクがあれば……」

「そうね、お母さんだものね。栄養が大事ね」


 お母さんという言葉にじわっと来て、リリアンは頷いた。


(そうだ、わたしはお母さんになるのだから、この程度ていどでへこたれてはいけない)


 カウンターの椅子に腰を下ろして、リリアンはお腹に手を当てた。

 さきほどハムサンドを食べたのでお腹が妙にふくれている。

 しかしリリアンはハムサンドのことなど忘れていて、宿やどった子供により腹がふくれてきたと勘違かんちがいし「くっ」と歯をんだ。


(――こんな状況ですくすく育つなんて、なんてけなげな子!)


 涙ぐんでいるリリアンを可哀想かわいそうに思ったのか、目の前の女性がナプキンを渡してくれた。

 リリアンはツツツと目尻の涙をナプキンでぬぐってから、女性を見た。


「あの……できればホットミルクが飲みたいです」

「じゃ、蜂蜜はちみつ入りにするわね」

「ありがとうございますっ」


 なんて親切な人なのだろう、とリリアンは感激し、そして思う。


(この街は良い人だらけです。――あ、でもでも)


 吟遊詩人ぎんゆうしじんであるピグミー・マーモセットに似た老人は、けっして良い人には思えなかった。少年を追いかけてばかりだったが、ちゃんとよく考えなければならない。

 なぜなら……七三わけとモヒカンのコンビの会話が気になるからだ。


仕方しかたがない……コレクターなのだから。あの天才のグリモワールを奪うのが生き甲斐がいだ』


 コレクターがいるほどの天才のグリモワール……名運なうんのものだろう。

 名運のグリモワールは、その力によって『火水かみ』をもひれふさせる。


 修道詩会しゅうどうしかいでは、名運なうんのグリモワールを危険視《

きけんし》し、集めていた。

 修道詩会で管理することによって、なんらかの悲劇を防げるのではないか、と思っているのだ。


名運なうんのグリモワールが、この街にあるというなら回収しないと)


 それが自分にできるだろうか、とリリアンは考える。

 かといって逃げ出したばかりのベル修道院に助けを求めるのは、やっぱり嫌だった。

 あの修道院は、聖なるものを捨てている。

 グリモワールの回収作業なんてやらせても、トラブルを巻き起こすだけではないだろうか。


「でも……あの人なら」

 

 思い出すのは、やはり自分をはらませた少年だった。

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