3-1 エッチでピンクな店の夜

 走っても走っても、未来の旦那様の姿がない。


 リリアンは少年の残していった気配を求めて、パステルカラーの飲食店が並ぶ街を見渡した。

冷気は途絶え、一生懸命いっしょうけんめいに耳を澄ましても少年の目撃情報は聞こえてこない。


 途方とほうれ、自暴自棄じぼうじきになって、カフェでハムサンドを十個食べたりしてみたが、胃袋がむかつくだけだった。


 ぽてぽてと建物の高さを競い合うビジネス街の横道に入ると、いきなり怪しい色彩の店が並ぶ界隈かいわいになった。

 黒服の男達が客を店へ引き入れようと躍起やっきになっている。

 だが、夜に溶けて消えるような修道服を着たリリアンには目もくれない。

 彼女は数歩進んでから、パッションピンクな照明が灯った店の前で項垂うなだれた。


「……お前は来るな、なんて……」


 少年の最後の言葉を思い出し、思わずくすんと涙ぐんでしまう。

 自分は会えて本当に嬉しかったのに、穴が開いたバスケットボールのような扱いで突き放されてしまった。


 旅の中で聞いた話によると、男の人は女性が妊娠したら逃げていなくなるという。


「わたしが、はらんでしまったからなのですかっ」


 憤りを感じて思わず声を高くしてしまうと、【おさわり厳禁げんきん】と看板に書かれたパッションピンクな店の前で欠伸をしていた背の高い赤毛の女性がこちらを向いた。


はらんでって、あんた……」


 女性はロングカーディガン一枚を瑞々みずみずしい肌の上にまとっている。

 その下はどうやら下着のみらしい。

 外を歩くには勇気がいる斬新ざんしんなファッションに、リリアンは戸惑った。


「修道女の妊婦?」


 女性に聞かれて、リリアンは頷いた。


「はい……」

「あら、あたしの母みたい」


 思いがけない女性の言葉に、リリアンはうつむきがちだった顔を上げた。


「あなたのお母様は修道女だったのですか?」

「えぇ、今は田舎で父と畑を耕して、ほのぼのと暮らしているそうよ」

「それは良き結婚となったのですね……わたしなど」


 リリアンは唇をみしめて再びうつむいた。哀しくて悔しくて涙がにじんできてしまう。


「泣かないでよ……もぉ」


 女性は困った顔になって、哀しみをたたえるリリアンの肩を叩いた。


「寒くなってきたから、店に入って」

「でも、わたしはあの人を捜さなくては……」

「妊婦さんは、あまり疲れてもいけないのよ?」


 女性の言葉がじぃんと心に響き、リリアンは唇をんで両手で顔を押さえた。


「ほら、店へ入って、泣かないでね」


 優しく誘われて、リリアンは彼女の言うとおりにすることにした。


 外がパッションピンクなら、店内もパッションピンクだった。

 店の中央に縦長のステージがあり、その上ではなんと下着姿の女性がステッキを持って踊っている。

 ぷるんぷるるんと揺れる乳と尻を見るためにステージにかぶりつく男衆おとこしゅうがいて、その後ろにはまた異様な空気がある。


 男性専門の店だと思ったのに、なぜか店の一角に女性客の人だかりがあった。

 身体のラインを強調する服を着た女達は、店内の一人のマッチョに注目していた。


素敵すてき……スキャンティー様」


 むきむきの筋肉を動かしながら、もくもくとテーブルの上を片付ける裸エプロンマッチョの姿に、女達は嘆息たんそくしている。

 マッチョが後ろを向くと、彼は乙女の下着スキャンティーを身につけている。

しかもTバックだ。


(なんて奇天烈きてれつな格好!)


 と、リリアンは息を呑むが、女達はメラメラとムラムラと併せ持った表情でマッチョに熱視線ねっしせんを送っていた。


「あの引き締まった上腕二頭筋じょうわんにとうきん、エプロンの下で動く大胸筋だいきょうきん、なによりスキャンティーの後ろを挟む臀部でんぶがいいわぁ」

「あら、私は密かにきゅっと締まったひらめ筋も外せないと思っていてよ」


(――筋肉賛美隊きんにくさんびたいなのですね)


 マッチョに興味がないリリアンは女子集団から目をそらした。

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