2-14 師匠が授けてくれた東洋の秘技

「このたびは、彼女を連れ去ってしまって、本当に申し訳なく――…秘技ひぎ畳返たたみがえし!」


「!」


 ダンッとアベルが目の前のたたみを殴ると、宴会場にあった全てのたたみがくるんくるんと見事にひっくりがえっていった。

 もちろん、畳の上の男達の身体もすってんこりろんしつつ吹っ飛んでいく。


「逃げるぞ」


 アベルはベールの少女の手を掴んで宴会場を飛び出す。


「今のは魔法なのっ!?」

「あれは師匠の一人から教わった東洋の秘技ひぎだ」

「はぁ?」

「俺のことは忍者と呼んでくれ」


 気を操って畳をひっくりがえすという忍者の技が、まさか役に立つとは思わなかった。


(ありがとう、東の賢人)


 心の中で思いがこもっていない感謝をして、廊下をひた走り、辿たどいた非常階段のドアに手を掛けた時だった。


 背中に、言いしれぬ恐怖を感じた。


 死体が落ちている泥沼のような嫌な冷気だ。

 それは、追いかけてくる男達から感じるような安いものではない。

 人が触れれば狂ってしまうような怖気おぞけである。


 ベールの少女も気を察して、アベルにひっしとしがみつく。


「来たか……」


 アベルは呟いて、チラリと背後に視線を走らせた。

 廊下をするすると流れてくるように進んでくる六歳ぐらいの幼女がいる。


さくら師匠ししょう……追いつくの早いよ」


 たけの短い着物に高下駄たかげた……手に朱塗しゅぬりの和傘をもった幼女、名は鳳凰院ほうおういん桜子さくらこ

 詩人としての称号は東の賢人。

 アベルの二番目の師匠である。


「アベルよ、アスペクト・ステップには行くなと、なんどお前に言い聞かせたことか」


 桜子は呆れたような声を出してから、和傘の先端をアベルに向けた。


「言うことを聞かない子には、尻叩き千回の罰じゃ」


 普段ならしまっている恐ろしい気を発しながら、桜子がニタリと笑う。


「この、ドブネズミが!」

「おじようさまぁぁぁぁっ」


 男達の呼び声が再びして、桜子の意識が一瞬の中の一瞬の一瞬だけアベルからそれた。

 その間を見逃すアベルではない。

 なんせ、幼少時から桜子のお仕置きから逃げ続けているのだ。


開詩かいし戒王かいおう逆動ぎゃくどう雷砂らいさ装填そうてん――!」


 そして早口で魔法の鍵を唱えて非常階段のドアを吹っ飛ばす。


「待つのじゃ、アベル!」

「お嬢さまーーーっ」


 なだれ込んでくる追っ手にアベルは銃を向けた。


「本日のメニューはごとり玉、華麗かれい上々じょうじょう!」


 ばきゅーん、というおもちゃのような音を立てて、目の前にごとりと魔法の玉が落ちる。

 あまりの勢いのなさに男達が止まり、桜子が直ぐに理解して退避する。

 玉には導火線どうかせんが付いていて、それがパチパチと火花を散らしていた。


「爆弾だ!」


 七三分けが叫ぶ中、アベルはニッと笑って非常階段へ出た。


「さらば桜師匠&まんざい組」


 カッと光が炸裂さくれつし、爆発ではなく爆風が吹き荒れる。

 アベルは男達の叫び声を聞きながら、軽やかに非常階段を下りていった。


***二章終わり***

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