2-13 宴会場の魔導詩人 

「あら、あっさりと殺しましたわね」

「俺は人殺しはやらん主義だ」


 主義と現実がみ合わないことを承知の上でアベルは言う。


「残念、つまらない男ですわね」


 おいおい、と突っ込みそうになるのを押さえ、観光客か何かで混雑している駅を無視して、横の建物へ入っていく。

 アスペクト・ステップで瓦屋根かわらやねの建築物とは珍しい。


「ようこそ、ホテル江戸屋八丁堀えどやはっちょうぼりへ!」


 女将らしい女性が三つ指をついて深々と頭を下げるが、それを無視して渋い色味の階段を駆け上がる。

 柿渋かきしぶを使って木材の腐敗ふはいふせいでいるのだろう。

 オーナーは和風マニアだ。


「おじょうさまぁぁぁあっ」


 すぐに回復した男達が、嗄れた声を張り上げて追いかけてくる。

 執念をエネルギーにしているらしい男達に追いつかれそうになり、アベルは廊下の角を曲がって宴会場へ入る。

 宴会の用意をしていた仲居なかいさん達がアベルの銃に気がついて「きゃーっ」と悲鳴を上げた。

 それを意にかいさずアベルは立ち止まり、宴会場の紅白の舞台を背にして立つ。


「どうするの? もう小回り180度なんて子供だましは無理ですわよ?」


 まるで他人事のようにベールの少女が話しかけてきた。

 宴会場に追っ手の二人組が入ってきて、泣きそうな顔でアベルとベールの少女を見た。


「……お嬢さま、どうかどうか屋敷へお戻りください」


 七三分けが死相しそうを顔に出しながら近づいてくる。

 かれこれ一時間ばかり全力疾走ぜんりょくしっそうしているので疲れ果てているのだろう。


「ミスターが心配なさっています」

「おじいさまは、私のことなんとも思っていませんわよ。どうせ、どこかの政治家の息子と政略結婚させるために手元に残したいだけですわ!」

「ミスターはお嬢さまの、たった一人のご家族ではありませんか」

「たった一人にしたのは、おじいさまですわ!」

「あれは誤解でございます」

「お父さまを殺したのは、あの人ですものっ」


 ややこしい家族の事情が披露ひろうされかかったが、そこにモヒカンが割って入ってきた。


「このままお嬢っ!」


 もっともな呼び方を口にして、モヒカンがポケットからオカリナを取り出す。

 直ぐにアベルはそのオカリナが何のためにあるのか分かった。

 このモヒカンは音楽を奏でる吟遊詩人でもあるようだ。


「ぴゅーひょー」

 

 土笛つちぶえの心地よい音色が流れ、心がやたらと温かくなっていく。


「ぴゅー、ほろろろん」


 聞いていると、心が和み、きらきらとした平和を感じて、もう闘うのが嫌になってきた。

 もしかして、すすんで争い事を止めてこそ、真のおとこなのではないか?

 最初に武器をてるのは、とても勇気がいることだ。

 それをやってのけてこそ、おとこの中のおとこ、つまり勇者となれるのではないだろうか?


(……ああ、俺はなんておろかなのだろう。今まで攻撃なんかして……)


 そうだ、もう銃を使うのは止めよう、こんなことは止めるべきだ。


 アベルは微笑みながら右手の銃化じゅうかを解いた。


「そうだ。それでこそ、真のおとこ、平和の使者」


 七三分けも微笑んで、アベル達に近づいてくる。

 モヒカンは陶酔とうすいしきった表情でくねくね動きながらオカリナを吹き続けている。


「さぁ、お嬢さまをお返しください」

「ええ、こちらへどうぞ――」


 ベールの少女が頭を振って抵抗するが、アベルは無視して彼女を足下に置いた。

 そして、膝を畳につけて七三分けの男に向かって深く頭を下げる。


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