2-12 ドブネズミだけは言ってはならぬ!

 変態修道女を引き離し、いかつい漫才師のような男達を振り切って、ベールの少女を抱いたアベルはステーションにたどり着いた。


「よし、駅だな。ここでお別れだ。ミスターの居場所を教えてくれ」


 アベルはベールの少女を降ろそうとしたが、彼女は抱きついて離れない。


「男なら、最後まで守り通すべきですわ」

「何キロ走ったと思ってんだよ……」


 めしも食ってねぇのに、と言いかけた時、


「お嬢さまぁぁぁぁ」


 いかつい男達の絶叫が響いてきた。


「追いつくの、はえー」


 このベールの少女は男達にお嬢さまと呼ばれている。ということは、ミスターの娘か孫か何かなのだろう。


「さぁヤツラと闘って、ド悪人面あくにんづらの少年!」

「お前、恩人に向かって、よくそんな言葉を言えるな……」

「これでも言葉を選んでいますわ。貴方の容姿に関する感想を正直に言ったら、助けてくださるのかしら?」


 ベール越しにキツイ眼差まなざしを向けられて、アベルは頬をこわばらせる。


「いや、聞くの止めとく」


 そう言って彼は両手の骨を鳴らした。


「……ったく、だりぃのに」


 銃化じゅうかは一日に何度もやるものじゃない。

 体力が消耗してしまう。


「おじょう、さまぁぁぁっ」

「……ったく、クソだりぃのに」

「おじようさまぁぁぁぁぁっ」


 必死の形相をした男が二人、息を切らしながら近づいてくる。


「あーあ、開詩かいし戒王かいおう逆動ぎゃくどう


 やる気がなさそうに言って、右手を銃化させる。

 みるみるうちに男達が近づいてきて、それぞれの銃をアベルに向けてきた。


「お嬢さま、駆け落ちだけは駄目です!」

「……は?」

「こんな十日間、飯も食べずに路地を歩き回ったような、頭から縄を被ったドブネズミみたいな男なんて、お嬢さまにふさわしくありません」

「……ドブネズミだと」

「そうだ、お前は腹を空かしたドブネズミにそっくりだ!」


 師匠である東の賢人の顔を思い出した瞬間に、心の中で理性がぷつりと切れた。

 出っ歯でもないのに、どうしてドブネズミ。


「ぶちのめす」


 アベルは銃に口を寄せて「雷砂、装填」と唱え、男達に銃口を向ける。


「人に言ってはならない単語があんだよ! 一発、上々!」


 銃が膨らみ、ドゥ! と轟音ごうおんを発して魔法を放つ。

 だが、アベルの魔法を見切ったのか男達は軽々と宙へ飛んで魔法をかわした。


所詮しょせん、小さなグリモワールの魔法。こんなの一々かまってられん! 弾が飛んでも、飛び越していけ」


 男の一人、七三分けが言い切った。


「よっしゃーっ」


 モヒカンが同意の奇声を発し、


「上々の上々」


 素早すばやきアベルの連射れんしゃをハードルのように飛び越えていく。


「いくら上々って上乗せしても同じだぜ!」


 モヒカンと七三分けが後三メートルの地点まで近づいてくる。

 お嬢さまと呼ばれるベールの少女がアベルの腕の中で身構えた。


「上々、小回り180度!」

「は?」


 呪文の意味が分からず男達が聞き返し、アベルは彼らの思考回路が働く前に魔法を放つ。

 銃が膨らみ、瞬時、へこみ、緋色ひいろの魔弾が真っ正面へ向かって駆ける。

 

 魔弾が七三分けの心臓を貫きそうになるが、彼はもちろん跳ねて避ける。

さらにその後ろにいたモヒカンも跳ねて避ける。

 と、魔弾は180度方向を変え、着地しようとしたモヒカンの背を撃ち抜いた。


「ぐわぁぁっ」


 モヒカンが絶叫して前方に吹っ飛び、前にいる着地したばかりの七三分けを押し倒す。

 ぐにアベルはベールの少女を抱いて、走り出した。

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