2-11 街に集うは、優れた詩人

 札束を差し出されて、リリアンはきょとんとした。


「これをやるから答えよ、あやつはどこにいる」

「あやつといいますと……?」

「どぶの中の邪悪じゃあくねずみを絵に描いたような少年じゃ。つまりドブネズミじゃのぉ」


 女の子の言葉に思い当たる節を探してみるが見つからない。


「そのような方は、ぞんげませんよ」


 素直に答えると、女の子は冷たい視線でリリアンを射貫いぬいた。


「これだけの金をやるというのに、教えぬか?」

「知らないことは答えられないので……、それに、わたしはお金に困っていません」


 そう言うと、女の子は「ふむ」と呟いて札束をふところにしまう。

 やはり胸は膨らまない。


「強情なおなごじゃ。しかし、わらわを騙せると思うな。おぬしからはアベルの気がむんむんとしておるわ」

「お探しの方はアベルさんというのですね。残念ながら、名前も聞いたことがありません」


 彼女のお友達かなにかだろうと思って丁寧に答えると、女の子はふっと唇をゆるめた。


「面白いな、おぬしの影からはじゃを感じぬ。嘘はついていないと言うことか」

「嘘などついてはいませんよ」


 そしてリリアンは、優しく女の子の頭を撫でた。


「それより……ご両親は側にいないのですか?」


 首をかしげると、女の子はきょとんとした顔をしてから口を開く。


「両親など、とっくの昔に亡くなっておるわ」

「あ……ごめんなさい」


 心の傷をえぐってしまっただろうかと思って、そっと女の子の頭から手を離す。

 しかし女の子は毅然きぜんとした顔を崩さなかった。

 きっとものすごく強い子なのだ。

 リリアンが黙っていると、女の子は興味津々きょうみしんしんにこちらをのぞき込んでから破顔はがんした。


「よいよい、気にするな。それより、おぬし」

「……はい」

「アベルを見かけたら、わらわに教えてたもれ」

「いいですよ」

「妾はホテル江戸屋八丁堀えどやはっちょうぼりにいる」

「その名前、しかと覚えました」


 リリアンが頷くと、女の子はするすると静かに歩き出した。

 彼女の高下駄たかげたの音が一切しないことに気がついて、リリアンははっとする。


「あなた……あの……」


 この世界で尋常じんじょうではない者は、必ず詩人だ。


「そうじゃ、ホテルで呼び出す時、わらわの名前が必要じゃな」


 女の子が立ち止まって、子供の丸みを帯びた顔を向けてくる。

 幼女なのに、その横顔は年を重ねた者だけが得られるすごみをもっていた。


「妾の名は、鳳凰院ほうおういん桜子さくらこじゃ」


 記憶の中にある名前がリリアンの心を揺さぶった。


「あなたは……まさか、いえそんなはずは――」


 六歳にしか見えない女の子に、リリアンは追いつこうとして一歩前に出た。

 だが、女の子は、鳳凰院ほうおういん桜子さくらこは……みるみるうちに漆黒しっこくの影だまりの中に沈んでいった。


「まさか、鳳凰院桜子……東の賢者様は――今年で百三十歳のはず」


 リリアンは混乱する頭の中を整理しようと必死になる。


「この街は、詩人が多すぎます」


 それも優れた詩人ばかりのようだ。


「なぜなのですか?」


 呆然ぼうぜんと呟くが、その問いに答えてくれる者はいなかった。

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