2-3 天才と滅びた帝国

命冥めいめいは、修道詩会しゅうどうしかいが所有していたのですが、いつのまにかミスターが所有しているんです。盗まれたんじゃないかって噂ですがね。これは漢字名のグリモワールなので、幻の連経帝国れんけいていこく産のものか、または天主てんしゅを失って波乱となった神界無情しんかいむじょう産のものかと」


 三大浮遊地さんだいふゆうちの一つ、連経帝国れんけいていこくは強大な魔法の暴発によって消えているのだった。


連経帝国れんけいていこくのグリモワールなんて攻撃で使い物にならねぇ」


 ぼそりとアベルが言うと、チェイが興味深げな顔になる。


「連経帝国のグリモワールといえば、やっぱ名運作の『最高時言さいこうじげん』……ですかぁ?」


 探り出そうとする情報屋に、アベルはケッと声を放った。


最高時言さいこうじげんってのは、大浮遊地だいふゆうちである連経帝国れんけいていこくを消滅させたやつじゃねぇか。そんなの攻撃につかったら自分も死んじまうぜ。あれは王様の象徴しょうちょうでいいんだよ」


 咄嗟とっさ神界無情しんかいむじょうにいる詩人達の口癖くちぐせ真似まねると、チェイはつまらなそうな顔になる。何かその手の情報が手に入ると思ったのだろう。


 最高時言さいこうじげんの著者は、名運なうん・ヨハネ・アグニだ。


 名運なうんは、大陸で産まれ、英字圏のアスペクト・ステップで幼少期を過ごし、かなと漢字を使う神界無情しんかいむじょうで少年時代を過ごし、漢字のみの連経帝国れんけいていこくへ移住した大詩人である。


 詩、詩人、詩人魔法という言葉を生み出したのが、この名運なうんだった。


 彼の作品全てが名作であり、詩人達は血眼ちまなこになって探しているのだった。


 名運のグリモワールを持つ者は、他のグリモワールを所有することが出来ない。

 それゆえ、名運の詩だけを収集するコレクターがいた。

彼らを『名運コレクター』と呼ぶ。


 修道詩会しゅうどうしかいが善のために名運の作品を集めているという名目ならば、名運コレクターは悪のために名運の作品を集めているとも言えるだろう。


 優れたグリモワールは、国をも滅ぼす武器となるのだ。

 それゆえ、名運コレクターの多くは国家転覆こっかてんぷくをもくろむ革命家や、悪事を働く犯罪者が多いという。


「そういえば、神界無情しんかいむじょうは、新しい天主てんしゅが即位したようですね。彼はグリモワール『最高時言さいこうじげん』の最終章『狂激きょうげき』をもっているとか」


「……前の天主てんしゅが殺されたからな」


 名運の最高傑作である『最高時言』は、連経帝国を爆破した後に名運の弟子達によって分断されたという。


 何分割されたかは誰も記していないが、修道詩会系の正なる詩が書かれた第一章『光静こうせい』と、魔導系の逆なる詩が書かれた最終章『狂激きょうげき』は有名である。


前天主ぜんてんしゅ殺しの罪人はれい。前天主はれい師匠ししょうで育ての親だったのに、なんで殺しちゃったのでしょう?」


 神界無情しんかいむじょうの情報が欲しいのか、チェイがアベルに尋ねてきた。


「そりゃ……ええと嫌いだったからじゃねーの?」


 本当の情報など言えるはずもなく、アベルはとりあえずそんな風に答えてみる。


「前の天主、王戒おうかいは素晴らしい人物だったという評判ですよ。息子……今の天主ですが、彼が野蛮やばんなる命の研究に手を染めたとき、みずから刑を下したとか。そんな人を殺すなんて」


「まあ……ここだけの話だが」


 アベルは声を潜めて、チェイの耳に口を近付けた。


れいってやつは、きさきたぶらかすほどの色男だったらしいぜ」

「へぇ。いかついマッチョだと聞いていましたが。年齢は推定すいてい十代じゃなかったですか?」

「十代だけどマッチョな色男で、色気を振りまきながら王宮を歩いていたそうだ」

「ほぉっ」

「后が彼を気に入り、王戒おうかいが激怒したんだってよ。男はやつの冷気でやられたが、女は色気にやられちまうそうだ。あとさ、天パがこじれて勝手に絡まっていく、なんげードレッドヘアーが特徴的だったから……スキンヘッドにしたらしいぜ」

「お客さん、よくご存じで。あなた、漂う気からして、かなりの詩人ですよね。この冷気……もしかして神界無情しんかいむじょうの方ですか」


 神界無情しんかいむじょうは、魔導詩人の本拠地である。


「まあな。俺は下っ端で拳銃をぶっぱなすしか脳がねぇけど」


 チェイはアベルの右手の甲をちらりと見た。そこには緋色の小さな魔石が黒子のようについている。

大きさからみて小さい魔法しか入っていないと判断したのか、情報屋はそれ以上聞いてこなかった。


「情報の代金は、同じだけの情報か金だろ。俺が報奨金ほうしょうきんたっぷりの罪人の素性を教えたんだから、なにかしらミスターとやらの情報をくれよ。居場所とかさ」


「教えてもいいですが、近付けないと思いますよ。彼はここらのギルドの詩人を統括している魔導詩人ですからぁ」


 詩人を統括するなんて、西の賢人にはふさわしい行為だ。

 嘘を吹き込んで真の情報をただで手に入れ、アベルはギルドを出ていった。

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