2-2 気弱な情報屋と謎のグリモワール

 アベルはギルドに集う詩人しじん、一人一人に目を向けていった。

 人に察知されるほど高い気を持っている者、または完全に気を封印している者と接触せっしょくがしたい。

だが、そのどちらも此処ここにはいなかった。


 アベルはギルドの奥まで行って、突き当たりの壁を見つめた。

 その一角にはベタベタとり紙がされている。

 求人や求職の紙だった。

 修道詩人しゅうどうしじん以外の詩人達は、大抵たいていの場合はギルドで仕事をるのだ。


 【快楽王かいらくおう殺人事件の情報求む。純金製金貨10枚】というでかでかとした紙が、中央にはられている。

 その周りには【魔導生命研究所まどうせいめいけんきゅうじょ生命操作せいめいそうさ実験体じっけんたい募集】というあやしげなものや、【かみ水の術教おしたまう】という勉学に挑む者の貼り紙があった。


 それらを横目で眺めながら、酒を運ぶ途中の店員に情報屋じょうほうやの居場所をたずねる。

 店員は辺りを見渡してから、情報コーナーのすみのテーブルに着いている貧弱ひんじゃくそうな若者を指さした。

 彼は、アベルの気を浴びて泣きそうな顔をしていた。


「これを、はらえ、きよめ、死をあたえたまえ」


 情報屋が、近付いてきたアベルに向かってはらえの言葉をとなえている。

 名札に【チェイ・リー】と書かれていた。

 中華系なのに、なぜに祓え給えなのかが疑問である。


「彼に死を与えたまえ!」

 

 震えながらとなえる情報屋を見て、アベルは「おいおい」と呟いた。


「すげー、腹立つほど嫌なヤツだな、お前」

「だって、あなた冷気が強すぎます! この僕が覚えたての神界無情しんかいむじょうの詩ではらってみせます……。祓え祓え、たまえ、たまえ」

 

 追い詰められた子猫みたいな潤んだ瞳でにらまれて、アベルは苦笑する。


「早く立ち去って欲しかったら、ミスター・グレーバーの居場所を教えろ」

「ミスター・グレーバー? 名運なうんの弟子であり有名な修道詩人しゅうどうしじんの?」


 チェイはきょとんとした顔をした。


随分ずいぶんと古い情報だな。アンタ、情報集めてねぇんじゃねぇの?」


 グレーバーが修道詩人しゅうどうしじんだったのは、十何年も前のことである。


「すみません、ちょっとワケありな新人なもので」

「新人はいらねぇ、もっとマシなのいねぇのかっ」


 アベルが声を荒げると、チェイはぶるっと震え上がりながら声を上げた。


「あのっ、ミスターと呼ばれている人と、グレーバーと呼ばれている人は知っています……けど!」

「――本当か! グレーバーに会いたいんだ」


 彼にしては明るい顔でチェイを見る。


「その人は、エメラルド・グレーバーです。可愛らしい覆面ふくめんをした女性の詩人です」


 情報屋の言葉に、アベルはどっと落胆らくたんした。


「……グレーバーは女じゃない男だ」

「じゃ、ミスターの方ですかね。彼が持っているのは、グリモワール《メイメイ》です」

「やぎ?」

「こういう字です……」


 チェイがテーブルの上に置かれた紙にすらすらと書いていく。

命冥めいめい】と。


「漢字名か」


 そもそもグリモワールはアスペクト・ステップで発明されたもので、この地で使用されるグリモワールは、九割方、英字名だった。

 なのに漢字名。


(怪しすぎる)


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