2-1 言葉で操る詩人の魔法

 昼ちょうど、アベルはやっと街外まちはずれの詩人ギルドに辿り着いた。


 お願いいたしますと誠実そうに場所を訊ねると逃げられ、にこにこ微笑みながら優しく訊ねると怖がられ、最終的に胸ぐらをガシッと掴んでおどしてたずねるという形式をとったが、このさい仕方しかたがないだろう。

 

 ちょっとだけ心は痛むが、背に腹は代えられない。

 

 木戸を開けて中に入ると、入り口側でグリモワール作りが行われていた。

 新米しんまいらしき若き詩人が、中年の詩人に指示されながら《詩》を魔石に入れる作業を行っていた。

 新米は冷や汗をかきながら一生懸命いっしょうけんめい文字をつづっている。

 書かれた文字が紐のように浮かび上がってひゅるるんと魔石に吸い込まれていく。

 

 火水かみの誕生のときに大地の一部が空に上がってできた浮遊地ふゆうちには、なにかしらの力が隠されているとされて研究が進んだ。


 その最中に発見されたのが魔法の呪文を吸収する《魔石》という宝石である。


 魔石に入った呪文は、名を呼ぶだけで簡単に発動するため、魔法使い達はこぞってやりはじめた。


 さらに時がつと、魔石に入れられる呪文の量がわかり、魔法使い達は己の呪文を推敲するようになった。


 推敲すいこうし、ませ、洗練せんれんさせた呪文は、《詩》と呼ばれた。

 やがて魔法使い達は、詩を操るので《詩人》と呼ばれるようになった。

 そんな彼らが操る魔法を、《詩人魔法》と言う。


「あっ、詩が一字違う」


 吸収作業の途中で、新米が悲痛な声を上げた。


「本当だ。こりゃ……一からやり直しだな」


 中年の詩人が言った途端、新米が吸収した詩を削除しようとしたのか魔石を握りしめた。

 吸収させたばかりなら、詩は取り出すことが可能だ。

 しかし――。


「やめろ!」


 アベルは咄嗟とっさに、新米の手を掴む。


「小さな魔法でも、ヘタすりゃ強い爆発を起こすかもしれねぇぞ」


 グリモワールとなった魔石は、魔法力をびているために、取り扱いを間違えば中に入った魔法が爆発してしまう。


もちろん、単純なことでは爆発しない。


 グリモワールの詩に手を出したりした場合……つまり中の魔法自体に何らかの危害きがいが加えられれば爆発するのだ。


「でもっ、この魔石……高かったんですよ。妻と子供に苦労させて、買った物なんです」


 新米と中年詩人が途方とほうれた顔をするので、アベルはその魔石を慎重しんちょうに調べた。


 魔石に入った詩は、魔力がある者が目をこらせば読むことができる。

 新米の詩は、世界標準語せかいひょうじゅんごと呼ばれる英語で作り出されたもので、流派は吟遊だった。


火水かみの力を通わせた。魔法の指は動でリズムなつが力……なつがって。うー、吟遊ぎんゆうか。取り出すけど、これレトリックがなってねぇし、大した威力はねぇぞ?」


「レトリック?」


「言葉で火水かみ納得なっとくさせるんだよ。詩が美文びぶんっていうか面白い文であればあるほど、火水は魔法の力を与えてくれるだろ。だからレトリックが必要なわけで」

「えっと、えーと。火水かみ言語神げんごしんと呼ばれるほど詩が好きだから?」

「いや、火水かみに限らずさ。古今東西ここんとうざいの呪文は、神や魔なんかの異界の者に声を届けるために、音を操る。『ふるべゆらゆらとふるべ』や『エコエコアザラク』とか耳に残りやすいだろ?」

「あの……よく分からないので、添削てんさくもお願いします」

「いや、俺は魔導詩人だしよ。吟遊は、まだ素人だし……」


 だが、新米が深々と頭を下げてきたので、アベルはしぶい表情をしながらペンを受け取る。


 ――火水かみよ、活動かつどうし、活躍かつやくする火水かみよ。

 今は、視界を閉ざし、死界におもむき、死するように眠りたまえ。

 この眠りは永遠ではない。

 小鳥がうつらと目を閉ざすときのような、一瞬である。

 

 アベルは訂正呪文を考え出し、さらさらと紙に書いて、魔石に呪文を吸収させる。

 すると魔石から呪文が飛び出してきて紙へと戻っていく。

 その呪文の間違っている部分「なつ」をインクで塗りつぶし、その上に「なり」と書き込む。

 そしてざっと見てから宙で呪文を添削していく。


 永久の火水かみ、天にささげた手に宿やどる。

 ようおと、この指先で立ち上がる。

 トワカミネ、ヨウ、トワカミネ、人差し指、中指、弾く踊る。

 こうして生まれし動のリズム。


 アベルが「一瞬の終わり」と宣告すると、正しくなった文章だけが浮かび上がって魔石へ戻っていった。


「ほらよ。詩は短くすりゃいいってもんじゃねーぞ」


 アベルはペンを投げるように新米に渡す。


素晴すばらしい。……よろしければ、お名前をお聞かせください」

 と新米が名を訊ねてきた。

 しかし、アベルは顔を背け、片手を上げてサヨナラをする。


 他人のことなどどうでもいい。

 自分が危機ききに巻き込まれないために手を貸しただけだ。


(今、関わりたいのは、あいつらみたいな詩人の入り口に立つ者じゃねぇ)


 詩人でも高位に立つ者か、良いことも悪いことも知っている情報屋と話したかった。

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