1-11 ミスターと呼ばれる者

 通りの先は二またに分かれている……。

 どちらに進むべきだろうか。


 リリアンはすぅっと深呼吸をしてから意識を集中させ、少年の気配を探っていった。

 

 風の音、馬車の音、列車の音、人々の足音が、会話が、耳に入ってくる。


 ごったの雑音の中からリリアンは会話をピックアップしていった。


 ――冷気、少年、邪気じゃき……。


 会話の中に、そのような単語が混ざっていないか探していく。


「ミスターは本気で彼を狙っているのか?」


 雑音の中に、戸惑いと苛立ちの「いびつ」な声を感じた。

 リリアンは、その歪な声に引っ張られて、思わず聞き込んでしまう。


「彼を敵にしない方針ではなかったか?」

仕方しかたがない……コレクターなのだから。あの天才のグリモワールを奪うのが生き甲斐がいだ」


(……グリモワール?)


 昔々、おおざっぱに魔術と呼ばれていたものには、日付や時間だけではなく、にえや魔法陣と動作が必要とされた。

 そのような複雑な手続きをしなくては、異界の者に祈りが通じなかったのだ。

 

 だが、今より五百年前、大陸の女王が魔術の状況を一変させた。


 女王は、火と水の精霊を合体させるために、世界のありとあらゆる魔術を行ったという。

 異界から《神、魔、天使、精霊、妖精、霊》を全て降ろし、最終的に女王が命を捧げることで、火と水は一つになり――新たな異界の者『火水かみ』となった。


 この火水かみを使う術を《魔法》という。


 魔法は、火水に言葉を捧げて力を得るという極めて単純な方法で発動する。

火水は非常に言葉を好み、優れた呪文には強い魔法力を与える。


 そんな火水に捧げる呪文を魔石に収めたものがグリモワールだった。


 リリアンは聞き耳を鋭くして、そのグリモワールのことを話している男達の声を聞いた。


「あんな、なよなよした男ならおどして奪えばいい」

「彼を甘く見るな。ヘタすれば殺されるぞ。しかも、彼が持っているのは――」


 そこで、ぷちっと声が途絶とだえた。

 リリアンは声がする方に視線を動かした。

 

 グリモワール専門店という看板が掲げられている煉瓦れんが造りの建物の前、二人の厳つい男達が背筋をぴんと伸ばしている。

一人はぴったり七三分けで、一人はモヒカンだ。


 男達の真ん中にある建物の漆黒しっこくの扉が左右に開いていく。

 そこから大きなシルクハットをかぶり、大きなマントを羽織はおったピグミーマーモセットのような小柄で頭と目が大きい老人がゆっくりと出てくる。

 彼は、肌の産毛がざわつくほど威圧的いあつてきな空気を放っていた。


「ミスター、ご用件はお済みですか?」


 男の一人が声をかけるが、ミスターと呼ばれた老人は彼を無視し、視線を真っ直ぐリリアンに向けた。

 視線がぶつかり合い、リリアンは慌てて顔を背ける。

 

気配からして、この老人は詩人だ。


 グリモワールを狙うなら八割方詩人なのは間違いないし、人を狙ってグリモワールを奪うとすれば悪人に違いない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る