1-9 裸エプロンマッチョ

 アベルの手が、青年紳士の背を触ろうとした瞬間、相手は振り返り、いきなりザンッと拳を突き出す。

 その拳のスピードは、本気の中の本気だった。


「僕の背に触れようとするとは!」

「えっと、別に盗みとかたかりじゃないぜ?」

「汚れたモップ頭め、お前のような冷気を放っている者には近づかれたくもない!」


 嫌悪感けんおかん丸出しのものすごい顔で睨まれて、アベルは口を閉ざした。

 詩人とはいえ、この邪な冷気は不快だろう。

 いや、詩人だからこそ不快なのだろう。

 青年紳士は黙るアベルから目を背け、ピンクで猥雑わいざつ雑踏ざっとうの中へ消えていった。


(――なんかポツーンって感じ)


 汚れたモップと称された髪を掻き上げ、胸中きょうちゅうの孤独を吐くために溜息をつこうとした。


 すると、

「どっこらせ」

 横から、野太のぶといのに良く透るおっさんの声がした。


 なんとなく目を向けると、そこには……スキンヘッドの……。


はだかエプロンマッチョだと」


 思わず、その容姿を呟いてしまうと裸エプロンマッチョがギロリとこちらをにらんだ。


失敬しっけいな!」


 マッチョは空瓶が並んだ箱を置くと、ふりふりフリルなエプロンのすそをガッと上げた。


「私はスキャンティーエプロンマッチョだ!」


 ムキムキ筋肉の彼の股間を隠すのは、うれし恥ずかし乙女の下着スキャンティーである。


「……スキャンティーって今時いわねぇし」


 咄嗟とっさに呟いてから、アベルは激しく後悔した。

 スキンヘッドに血管が浮かび始めている。


 ここは、なんて街だろう。

 修道女は朝から道端みちばたで乳を出そうとし、レースな紳士は背にぬいぐるみの翼を付け、マッチョ店員は女物の下着をはいて自信満々に胸をはっている。


「さあ、正しい言葉で表しなさい。スキャンティーエプロンマッチョ、と」

「いや、言いたくねぇし」

「誤った言葉は訂正せねばならん。さあ、言いなさいっ」


 スキンヘッドを陽光で輝かせ、ぷるぷると胸の筋肉を震わせながら、女装だが下着のみのマッチョが迫ってくる。


 嫌だ、これは怖い。


 アベルが後ずさりした時に、

「あら、またなの。ごめーんなさいね」

 マッチョの後ろから若い女の声が聞こえてきた。


 開いたままのドアから現れたのは、赤毛ショートカットの活きが良い美人だった。

 透けたロングカーディガンの下にレースがふんだんにあしらわれた下着をつけている。


「店長はスキャンティーにこだわりがあるの。だ・か・ら♪」


 女はうふっと笑った。


「言ってあげて、スキャンティーお似合いですね、って。それで丸く収まるわ」

「それ、真顔で言えねぇし!」


 きぃーっと甲高かんだかい声を上げたマッチョを尻目に、アベルはまた走り出した。


「狂人しかいねぇのか、この街は!」

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