1-7 修道女の初めて
(――こんなに冷たい気を放っているのに、なぜなのだろう)
「飛ぶぞ、しっかり
少年は、シャンシャンシャンと大通りを走る馬車を軽々と飛び越えた。
空宙で二人の身体が大きく揺れると、彼は彼女をぎゅっと強めに抱きしめた。
(きゃっ)
心の中で小さな悲鳴を上げてから、リリアンは揺れる身体を何とかするために少年の腕にしがみつく。
彼の身体はごつんと固い。
運動で
今まで、リリアンに欲情して抱きついてきた男性からは感じたことのない、やたらとストイックな感触だった。
ひどく不思議な感じがして、彼女は心を奪われる。
自分とは異なる身体のつくり、ごわごわした革ジャンの感触、ほんのりと
(なぜ、こんなに安心するんだろう)
もしかしたら、どこかいかがわしい場所に連れ去ろうとしているのかもしれないのに。
旅の途中で男に押し倒された時、抱きつかれた時、彼女はいつでもにぎり
だが、今はなぜか
少年からは他の男から放たれる嫌な感じがしない。冷気の
(怖くない。きっと、この人が優しいからだ)
思った時に、心臓がとくとくと早いビートを刻み初め、胸一杯に甘酸っぱい……たとえば砂糖漬けのレモンを
(もう少し、こうしていたい気分です……)
変な感じだと思いながら、リリアンはそっと
視界が遮られると、また一段と、密着する少年の身体を感じてしまう。
堅いけれど、しなやかで、
思った途端に、また心音が高鳴り、彼女は
(わたし、どうしてしまったのかしら……)
開かれた視界に映るのは、コーラの自販機、メリーゴーランド、風船売り、棒キャンディーを舐める子供達……いつのまにか人溢れる公園に着いたようだ。
少年は公園を横断し、【公園前警察】と書かれた場所まで駆け抜けていく。
建物の中に警官の姿が見えた時、彼はリリアンをどさっと地に下ろした。
「立て。あとは一人で警察に行くか、逃げろ」
リリアンは喉を鳴らし、呆然と少年を見上げる。
「……無理です」
足に力が入らないし、なんだか心臓がどくどく言っている。
「胸はだけさせて道端に座り込んでいるつもりか、このド阿呆っ」
少年が乱暴にリリアンの腕を掴んで立ち上がらせた。
だが、彼女の足はふにゃふにゃしていて
「危ねぇな、おい」
少年が腕を伸ばして、倒れかけるリリアンを強く抱きしめた。
きゅん、と心臓が潰されるような感じがする。
少年の腕がリリアンの背に周り、少年の胸はリリアンの鼻に押しつけられ、二人の足は触れあってしまっている。
きゅんきゅんと、リリアンの心臓が変な音を連続して鳴らす。
音が鳴るたびに、喉が詰まるような感じがして、肌がカッと火照っていく。
その火照りは身体の芯まで到達し、頭がのぼせ、新たな何かが身の中で生まれた気がした。
(――こ、これは)
事態を理解して、リリアンは声を上げる。
「な、なんてことをするのですっ。わたし、わたし……っ」
彼女はキッと少年を睨んだ。
「
「……は?」
「わたし、
バッ、と少年は彼女を己の身から乱暴に引きはがした。
「でかい声で、何いってんだ、変態っ」
リリアンは仁王立ちし、自分のお腹に手を当てる。
「あなたは、今、わたしを抱いたではありませんか!」
「おい、こら。すげー違うだろ、それ!」
「結婚いたしましょう。責任を取ってください」
「いや、おかしいだろ。色々と間違ってるだろ」
通りにいた人々が、二人を見てぼそぼそと話している。
「妊娠させたのに逃げるつもりよ、あの男」
「やだ、さいてー」
少年は猫目を険しくして、リリアンに背を向けると――その場からシュンっと逃げ出した。
女を
「待ちなさい!」
リリアンは後を追おうとしたが、あまりにも身軽な少年は寒気で割れていく人混みの奥へ奥へと消えてしまうのだった。
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