1-6 魔導の限界こーえた!

「行くぞ」


 いきなり少年が振り返って、彼女を小荷物のように片腕で抱き上げる。


「な、なにをするのですっ」


 びっくりして、リリアンは彼の腕を振りほどきにかかった。

このように異性と密着するなんて破廉恥はれんちきわまりない行為こういだ。


「やだ、離してくださいっ」

「黙れ、変態」

「わたしは変態ではございませんっ」

「女を横取りするんじゃねぇーーー!」


 激怒げきどした修道士達が、悪魔のように顔を険しくして追いかけてきた。

少年の魔法は大したことがないと判断したのだろう。

それをリリアンも見抜いていた。

 

 詩は魔法を生み出す。

 詩人は魔法を操る。

 その詩を扱う魔法ジャンルを《詩人魔法》という。


 リリアンは、そんな詩人魔法の全てを探求する学者であり尼僧にそうだった。


 少年の魔導まどうの魔法は「上々じょうじょう」という、魔法のエンジンをフル稼働かどうさせる言葉を用いても、修道詩人の魔法を砕いただけで相手を倒すことができなかった。

 だから逃げるのである。

 ようするに、彼は、弱い魔導詩人まどうしじんなのだった。


雷砂らいさ、二発目、ドンパチ、上々じょうじょう上々じょうじょう

「え?」


 なにそれ、とリリアンは瞬きした。

 上々の上々があるとすれば、フル稼働かどうを超えることになる。

 どんな魔法にも、限界というものが……あるはずだ。


「――の上々じょうじょうの、更に上々じょうじょう!」

 

 少年の滅茶苦茶めちゃくちゃ詠唱えいしょうが終わると、彼の手の銃が風船のように膨らみ、修道詩人に向かって絶叫した。


 魔弾の破裂音はれつおんが、ダダダダンとリリアンの鼓膜こまくを激しく殴りつける。

 爆風ばくふうともった血反吐ちへどに似た弾丸が、修道士達の腹をえぐって吹っ飛ばしていく。

 修道士が虫けらみたいに地に落ちるのを見て、リリアンは言葉を失った。


 ここまで自由奔放なグリモワールは、才能がなければ完成しない。


(……こんなの、誰が作ったの!)


 驚いているリリアンを少年は抱え直し、軽々と道を駆けていく。


「お前、ここらの道を知っているか?」

「いいえ知りません」

「ったく、役立たずだな」


 少年は一時も足を止めずに先を急ぐ。

 昨日の雨で湿ったままの坂道を駆け上り、さびを生やした建物の階段を上り、煉瓦れんが三列の細橋を渡り、積み木のように木箱重なる地に飛び降り、人がいる方へいる方へと向かっていく。


「あの……、もしかしなくても、わたしを助けてくれたのですよね?」


 リリアンは恐る恐る少年に尋ねた。


「しらねぇよ」


 素っ気なく少年はいうけれど、言葉尻から感じられるニュアンスが温かい。

 その温かさに、リリアンは注目してしまう。

 ……とても優しい感じがしたからだ。

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