第8話 鉱山での戦い

僕は初めて城下町の外に来ていた。


ハクナ城下町の外は緑が生い茂る草原になっていて、野生動物が生息しているが、魔物はいない。


魔物というのは、人間を襲う怪物のことだが、ある地域から出ない特性があるようなのだ。


そのため、【マテリアルマイン】の入り口までは、何の問題もなくたどり着いた。


「さて、ここからは魔物が出るはずだ。魔境化したばかりなら、大して強い魔物は出ないはずだ。だが、挟み撃ちされると対応できなくなってしまう。魔物は一体ずつ確実に倒しながら進むぞ。」


モララーは長年、【マタタ古代遺跡】の調査を行なっているだけあって、こういった場所の探索にも慣れているようだ。


魔物と戦うのも初めてだけど、彼がいれば多少は安心だ。

僕は鉱山の中に入るのを今か今かとドキドキしながら待っていた。


「ウーヤンよ。何をしている。早く進め」


「え?あの。師匠が先に行ってくれるんじゃないんですか?」


「俺は後衛だ。お前の武器はその腰に下げている『ショートソード』だろう?俺が前にいたら攻撃が届かないだろう。しかもお前のクラスは『守護騎士』だ。俺を守りながら戦え。」


この人は、『オーガ』か『悪魔デビル』なのだろうか?子供の僕に、しかも魔物と戦ったこともない冒険初心者に、どんな魔物が出るかもわからない場所に先頭を切って進めと言うのか?


「安心しろ。俺はこの『フリントロック』で、後ろから援護してやる。これは銃と言う種類の武器で、扱いは難しいが、俺はこれを使いこなしている。何も問題はない。しかもお前は回復魔法も使えるんだろ?大丈夫だ。怪我ぐらいでは死なん。ほら早く進め。」


僕は本当にこの人に弟子入りして良かったのだろうか?後悔しながら、恐る恐る、鉱山の中へと進んでいった。


鉱山の中の通路は、人が3人並んで歩けるほどの広さがあり、道も舗装されているようで歩きづらいと言うことは無かった。


壁には所々に光る石がはまっていて、通路全体に明かりを落としてくれている。


通路は突き当たりで右に曲がっているようだ。


僕は慎重に突き当たりに向かって進む。


曲がり角から少しだけ顔を出し、通路の先を覗いた所で、僕は凍りついたように動けなくなってしまった。


曲がり角の先に、何かがいるのだ。


固まって動かない僕にしびれを切らしたように、モララーが僕の横を通り過ぎる。


「あれは『屍鬼グール』だな。『不死族アンデッド』の中でも弱いやつだ。気づかれる前に、お前のその剣で、後ろからバッサリやれば、倒せるだろう。ほら、何事も練習だ。行ってこい。」


おかしい。僕は魔物戦うつもりなんてほとんど無かった。いや、剣の練習は日頃からしていた。王子として普通の子供よりもしっかり教えてもらっていた自覚はある。だけど、それは練習であって、実践とは全く別だ。生き物だって殺したことなんてない。魔物とは言え、命を奪うことへの抵抗だってある。そう。とにかく僕には戦う覚悟が全くできていないのだ。


にもかかわらず、モララーは背中を押してくる。


「ぐずぐずしてると気づかれるぞ。気づかれても大したことないんだが、無駄に抵抗されても面倒だぞ。ほら、さっさと倒してこい。」


!?


強く押され、よろけるように前に出る。


屍鬼の背中が目の前にあった。


僕は反射的に剣を振り上げる。


が、緊張で手がびっしょりと汗ばんでしまったせか、剣が手から滑り落ち、大きな音を立てて地面に落ちてしまった。


ゆっくりとした動作で屍鬼が振り返る。


後ろから見ていた時は、薄汚い服を着た背の曲がった人間のように見えていた。だが、振り向いたその顔の皮膚は破れ、骨が見えており、眼窩に目玉もない。その状態で動いている人間などがいるはずがなかった。


その見えないはずの目で、どうやってこちらに気づいたのかは分からないが、屍鬼は僕に向かって右手を大きく振り上げた。




— パンッ!—




坑道を、乾いた破裂音が鳴り響いた。


一瞬、屍鬼の振り上げた腕がぶれたかと思ったが、何事もなかったようにその腕が振り下ろされる。


痛みを覚悟したが、しかし、その腕は僕の肩を撫でただけだった。


一瞬呆然としてしまったが、今の攻撃に痛みを感じることはほとんど無かった。




これなら戦えるのではないか?


剣は…。屍鬼の足元に落ちている。


相手の攻撃は僕にダメージを与えない。


その事実が一欠片の勇気となって、僕は体を動かすことができた。


剣を拾い、最短の動作で屍鬼の胸を貫く。

無意識のうちに繰り出した技は、セリアに教えてもらい、何度も練習してきた『隼突き』だった。


肉を刺す僅かな抵抗を感じたが、今度は滑り落とさないようにしっかりと柄を握りこみ、

体に染み付いた動きで残心を取る。


腐った肉は思った以上に脆かったらしく、その胸元には拳大の風穴が空いていた。


ひと呼吸の間の静寂のあと、屍鬼は、そのままの姿勢で仰向けに倒れた。

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