第30話
「うへぇ、死ぬかと思った。折角集めたレア素材もぶっ飛んだしもう最悪だ」
身体がすっぽりと収まるくらいのクッションに寝そべりながら、ツナギ服の少女が生気の抜けた声を発する。
150cmにも満たない小柄な体格で一見、小中学生にも見えかねない容姿をしているが、実年齢はソウジンよりも2つ上だ。
彼女のプレイヤーネームはペンドラ子。
ギルド『ラウンドテーブル』の創設者であり、ギルドで唯一の生産職だ。
「きっと次は上手くいくよ。……ところでドラさんは何を作ろうとしてたの?」
「簡単に言えば、詰めた魔法をぶっ放すアイテムだよ。魔法職がいなくても魔法攻撃ができるようにって開発を始めたんだけど、素材から調合まで製作難易度がバカ高いのなんの」
「へえ、アイテム1個作るのも大変なんだね」
「普通のアイテムだったら、ちょいちょいって出来るから苦労しないだけどね」
そう言ってドラ子は、やれやれと肩を竦める。
鍛治、彫金、裁縫、調合……etc.
生産スキルの知識についてはサラッとしたことしか聞いていないが、極めれば極めようとするほど奥が深く、人によっては沼にはまっていくらしい。
「……って、わたしのことはいいとして。ソウジンがここに来るなんて珍しいね。わたしに何か用でもあるのかい?」
「うん、ちょっとドラさんに相談したいことがあって。あと報告したいことも」
「ふーん、なら遠慮せずに言ってみたまえ。戦闘技術以外なら答えてしんぜようぞ」
ドラ子がクッションから起き上がり、続きを促してきたので、早速本題に入ることにする。
「じゃあ、先に報告から。特訓もようやく終わったし、そろそろ第一ダンジョンの攻略にチャレンジしてみるよ」
「おー、ということは遂にあの地獄のドMトレーニングは目処がついたのか」
「ドMって……でもそう言われると否定はできない、のかな……?」
ここ数日はログインしたら速攻で荒鷲の丘に向かい、ログアウトするまでずっと終わりの見えない戦闘とアイテム補充だけしかしていない。
思い返してみると日中、学校でマコに近況を話した時には軽く苦笑を浮かべられたし、ギルドの女子勢も似たような反応だった。
「……それで相談になるんだけど、一瞬だけでもいいから、敵の注意を逸らすことができるアイテムとかあれば教えて欲しいんだ」
「うぇ、まだ対策立てるつもりなのか。そこまでしなくても大丈夫だと思うけど」
「まあ、確かにそうなんだけどね……。でも対策が多いに越したことはないし、それに俺の技量だと、まだスキルだけで敵に間合いを詰められたり、囲まれた状態から抜け出すのは難しいかなって思って」
パリィでどうにかするにしても、何回か戦闘を重ねた相手であればともかく、ボスや新系統といった初見の敵となると最初は攻撃のタイミングを見極める必要が出てくる。
そのために前線からの離脱をクイックステップだけでどうにかしようとしても、
まだ足りていないプレイヤースキルを補完する何かが必要だった。
勿論、終始優位な位置取りで戦えれば理想ではあるが、そう上手くはいかないことはこの1週間で何度も痛感させられていた。
「なーるーほーどーねー。……普通だったらまだ最初の方だし、そんなに対策立てなくてもどうにかなるって言いたいところだけど、ソウジンの場合は手札の多さが強さに繋がるような気がするのがなあ」
対策ばかりに意識を持ってかれて頭でっかちになることを危惧してか、ドラ子は怪訝そうにうーん、と小さく唸る。
何かに突出した能力がないソウジンにとって、戦術の幅を広げることは今後の事を見据えれば必須課題だ。
しかし、新たに戦術を増やしても活かすことができなければ意味がない
それでも、今のままでは駄目だとソウジンは強く思う。
「地に足をつけることが大事なのは分かってるつもりだよ。でも、早く皆んなに追いつくには、ちょっと背伸びするくらいのことをやらなきゃだと思うんだ。……だめ、かな?」
「うっ……そんな風に言われたら協力するしかないじゃないか。――分かったよ、じゃあ、今のソウジンにもすぐにできる方法を教えてしんぜよう」
「本当!? ありがとう!」
「いいってことさ。それでやり方なんだけど、まずどこのショップにも売ってる煙玉を用意します。それを自分の足元に投げます。以上」
ジェスチャーを交えながらも、二文であっさりと終わったドラ子の説明にソウジンは、数秒の間を置いてからゆっくりと首を傾げた。
「……ん? 以上って、まさかこれだけ?」
「そう、これだけ。けど意外と有効になることが多いんだよ。煙玉は敵にぶつければ未発見状態を付与するのは知ってるよね?」
「うん、入団テストの時にすごく助けられたから」
「でも、それ以外に説明文には書かれていない隠された効果があって、地面に落下した時、そこにいるプレイヤーに少しの間だけヘイト値を激減させる――つまり注意を向かないようにする効果があるんだ」
「へえ、そうなんだ」
更に細かく話を聞いていくと、攻略サイトや掲示板で裏技、小技の一つとして紹介されていることが多く、それなりに認知はされているらしい。
ちなみにロビンも装備やスキル構成が落ち着くまでは、この方法をたまに使っていたとのことだ。
タイミングを選べば有用な反面、効果時間の短さと接近戦の最中にアイテム欄を開いて取り出す工程、そもそも活かすことができるプレイヤーが限られている等、諸々の事情がネックとなって、実践で使う人はあまり多くはないのが実情だ。
「ヘイトを管理するアイテムは他にもあるにはあるけど、もうちょっとゲームを進めてからじゃないと手に入らないし、調達も面倒なんだよね。ぶっちゃけそれを手に入れるくらいならプレイヤースキル磨いた方が手っ取り早いってレベル。だから、まずは煙玉を試してご覧よ」
「分かった。ありがとう、ドラさん!」
「礼を言われるほどのことじゃないって。それにおかげでいい気分転換になりそうなことが見つかったから、むしろこっちが助かったよ」
ドラ子はそう言って、いたずらっぽくにししと声を立てて笑ってみせた。
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