第25話

 肺いっぱいに大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出す。

 ああ、なるほど……今朝のマコってこんな気持ちだったんだ、と感慨に浸りながら奏人は今の心情を声に出す。


「えええええええーっ!!?」


 柄にもなく叫んでしまうくらいには間違いなく今年一番の驚愕の事実だった。

 まさか知らない人の動画の中で親友の名前が出てくるなど微塵も思わなかったし、ましてやドラテの中でもトップクラスの実力があるなど想像もつくはずもなかった。


 ただ、知らなかったのは誠が隠していたというよりは、今まで奏人がドラテに興味を示していなかったのが最大の原因だろう。

 奏人であれば聞けば普通に答えてくれたはずだし、本当に隠すつもりだったのなら、そもそもフレンドになろうとすらしていなかったはずだ。


 隠しているとすれば奏人というよりは、奏人以外のクラスメイトに対しての可能性が高い。

 そうでなければクラス内……いや学校中で誠がゲーム内での有名人だという話が持ち上がっているはずだからだ。


 なぜ隠しているかについては本人に直接訊いてみないと分からないが、まあ何かしら理由があるのだろう。


 しばらくの間、驚きの余りに呆然としていたが、ふいにレッドとセンウタにマコのプロフィールを見せた時のことを思い出す。


「……そっか。だからあの時、レッドはあんなに笑ってたんだ」


 世間は広いようで狭いというが、現状を表すにはぴったり過ぎる言葉だった。


 しかし冷静になって考えてみると、誠がゲーム内トップクラスのパリィ技術を持っているのは、奏人にとって朗報である。

 ギルドメンバーとはまだ大っぴらに外を歩くことはできないが、誠であれば話は別だ。


 であれば、直接教えてもらうことができるのではないだろうか。


「よし、そうとなれば早速……」


 善は急げと誠に向けてお願いのメッセージを送ることにした。




  ※   ※   ※




 頼み込んだ結果だが、結論から言うと快諾だった。

 メッセージを送ってから数分と経たずに二つ返事で了承のメッセージが返ってくるくらいには快諾だった。


 そういうこともあって翌日、ソウジンは薫風の街に訪れていた。

 待ち合わせにここを指定されたのは、ソウジンの進行具合と練習相手を鑑みてのことらしい。


「確か、農耕の村方面の出口で待ってるって言ってたけど……」


 果たしてちゃんと見つけられるかどうか一抹の不安を抱きながら街の出口に向かうと、すぐに杞憂だということに気がつく。

 ソウジンの視線の先にいたのは、褐色の肌をした黒い短髪の男性プレイヤーだった。


「あれ……だよね、うん」


 まず目についたのは肌触りの良さそうな黒地の布に紅の模様が入った雅という表現が似合う着流しと背中に装着している背丈と同じくらいのサイズをした黒鞘の大太刀。

 これだけだと侍を彷彿とさせるいかにも和風な出立ちだが、左袖だけ通した着流の下に身につけているのは、些か毛色が異なっている。


 黒で統一された半袖のカットソーに左右で長さの違うグローブ、やや太めのシルエットをしたミリタリーパンツ、その下からちらりと見えるロングブーツといったように着流の下は洋風の装いだった。


 一見アンマッチな組み合わせに思えるが、逆に対照的な組み合わせが互いをより映えさせて、良い意味で周囲のプレイヤーの視線を惹きつけていた。


 間違えることはまあないだろうが、近づいて念の為、頭上に表示されているプレイヤー名を確認しようとしたところで、逆に向こうから声を掛けてきた。


「よっ、ソウジン。時間通りってところか」

「あ、やっぱりマコだった。なんかその呼ばれ方するの新鮮だな」

「俺はいつも通りだけどな。にしても……マジで手裏剣装備してんのか。それ装備している奴、久しぶりに見た気がするわ」


 おかげで速攻で見つけられたんだけど、と腰に下げた手裏剣を横目にマコはくつくつと喉を鳴らした。


「あはは、ギルドの皆んなにも似たこと言われたよ。俺としては使ってて楽しいんだけどなあ」

「強いと楽しいはイコールじゃねえってことだ。まあ、強い奴になればなるほどイコールになってくるんだけどよ」

「へえ、じゃあマコもそうなの?」

「まあな。でっけえ刀で戦うのってカッコいいだろ」


 無邪気な顔で白い歯を見せるマコに、「そうだね」とソウジンもつられて笑みを浮かべる。

 たとえ電脳の世界だとしても、やりとりは普段と一緒だった。


「さて、無事に合流もできたわけだしさっさと目的の場所にでも行くか。こうも人目があると話し辛えこともあるしな。ま、とにかく歩こうぜ」

「うん、分かった」


 マコの提案に従い、街を出てフィールドに足を踏み入れる。

 それからマコがソウジンに疑問を投げかけてきたのは、近くに他のプレイヤーが見えなくなってからだった。


「そういや、俺と一緒に行動することはレッドとか円卓の連中には言ってるのか?」


 ソウジンはうん、と頷いてみせる。


「言ってるよ。レッドとセンウタ、それともう1人には。なぜか全員、ロビンには内緒にしろって強く念押ししてきてたけど」

「もう1人……ああ、ドラ子さんか。セイメイさんは当分リアルの事情でログインできねえって言ってたし」

「……マコ、やけにうちのギルドの事情に詳しいね。もしかして交流があったりする?」

「ああ、前にとあるイベントがあって、その時にな。一度だけそっちの活動拠点にお邪魔したこともあるぜ」


 返ってきた答えは意外なもの……ではなく、むしろ合点がいくものだった。

 レッドもマコもなんとなくだが、互いに名前を知っているだけの関係ではないかと思っていたが、既に面識があったとなれば納得だ。


 そして、それなら昨日からずっと気がかりだったことも解消できそうだ。


「そうなんだ。ところでさ……前にロビンとなんかあったりしたの? 皆んな、ロビンの前だとマコの話題を出したくなさそうにしてたから」


 そう訊ねると、マコは物凄く気まずそうに目線を泳がしながら答える。


「ま、まあ……そうだな。けど、俺の口からは言いたくねえな。彼女の尊厳もあるし……その、この話は勘弁してください」


 珍しく歯切れの悪い答え方をするマコに、ソウジンは首を傾げるのだった。


 どうやら、この疑問が解決するのはもう少し先のことらしい。

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