第22話
――ねえ、あなたはどうしてここにいるの?
微かに少女らしき声が聞こえると、真っ暗だった視界が少しずつ晴れていく。
……どこだろう、ここ?
気がつくとソウジンが立っていたのは、荒涼とした丘の上だった。
空には赤黒い暗雲が立ち込め、地上を見渡せば焦土と黒煙ばかりが目に入る。
命の片鱗すら感じない壮絶な光景は、まるで世界の終わりを見せられているようだ。
ただ唯一、周囲にはほんの僅かにだけ草花が残っており、そこにいたのは白いワンピース姿の少女と、青白い淡い光を身体に纏わせた夜空を思わせるような漆黒のドラゴンだった。
全長は大体7、8メートルほどで、4本の脚と翼が生えた、まさに絵に描いたような姿をしていた。
この少女が先ほど声の主であり、視線はドラゴンに向けられている。
「あれ、この女の子って……もしかして、ヨゾラ?」
肩口で切り揃えられた栗色の髪と容姿は、意識が消えるまで一緒に星を眺めていた少女と瓜二つだ。
違うのは、両足が透けておらず身体に纏う淡い光もないということだ。
この表現が正しいのかは怪しいところではあるが、今目の前にいるヨゾラはちゃんと生きているようだった。
「人間……? 問いたいのは私の方だ。お前は私が怖くないのか?」
「わっ、喋った!?」
普通に人の言葉を発するドラゴンについ驚いてしまうが、少女はソウジンに反応する素振りすら見せずに頭を振る。
「ううん、怖くないよ。あなたは……なんだか優しそうだから」
「……ふん、知ったような口を。去れ。でなければ、お前のことを食らうぞ」
ドラゴンはそう声を凄めるが、少女が踵を返すことは無かった。
それどころか痛々しそうな表情を浮かべて、ずいっとドラゴンの懐へと一歩踏み込んでみせた。
「……怪我してる。とても辛そう」
「ええい、近づくな! 本当に食ってしまうぞ!?」
ドラゴンは身体を纏う青白い光を迸らせるが、すぐに勢いは失われてしまう。
胸部から左の前脚にかけてできていた傷跡らしき箇所から、赤いポリゴン体が噴き出したからだ。
これがドラゴンにとって致命傷なのかは不明だが、かなり深刻なダメージを負っていることには間違いないはずだ。
「ちょっと待ってて。今治すから」
「治すって何を……!?」
少女がドラゴンの傷跡に手を当てる。
すると、暖かみのある緑色の淡い光が傷跡を覆い、あっという間に患部を治癒してみせた。
「ほら、治った! もう痛くない?」
「……人間、何を考えている? 私がお前ら人間と敵対していることを知っていないわけではないだろう」
「……うん。でも、だからって怪我しているのを放っておけないよ」
「ふん、変わった奴め。後で助けたことを後悔するなよ」
呆れたように溜め息をつくと、剥き出しにしていたドラゴンの敵意が薄れた。
「今のって……治癒術だよね。術名は唱えていなかったけど」
緑色に発光するエフェクト――農耕の村への道中、ウルフに襲われた際にセンウタが発動させた【ファーストエイド】と酷似していた。
恐らく、どちらも同じものと見て問題ないだろう。
それとようやく、今の状況が何なのかが掴めてきた。
「これって……ヨゾラの過去の記憶、なのかな。どれくらい前のことなのかは分からないけど、かなり昔なような気がする」
改めて周囲を見渡してみると、地形がさっきまでいた丘の上と一緒だということに気がつく。
完全に死の大地と化したこの状態から豊かな緑が甦るとなると、途方もない年月が過ぎているはずだ。
数百年……いや、1000年以上経っていたとしてもおかしくはなかった。
それと過去の記憶を見ているだけなので当然と言えば当然なのだが、どうやらソウジンの姿は少女とドラゴンには見えていないらしい。
だからソウジンが大きめなリアクションをしたとしても、気づくことなく会話をしていたのだろう。
「そういえば、あなたのお名前を聞いてなかったね。私はヨゾラっていうの! あなたはなんていうの?」
「聞いてどうする? 貴様ら人間は我らをオーバードと一括りにしているというのに」
ドラゴンが素っ気なく吐き捨てると、ヨゾラはぷくーっと頬を膨らませる。
「そんなの大人たちが勝手に言ってるだけだもん。私はそんな呼び方じゃなくて、あなたのお名前が知りたいの」
「ふん、物好きめ……プロディアだ。これで満足か?」
観念したようにドラゴンは自身の名を告げると、ヨゾラはにっこりと笑顔を浮かべて頷いた。
「プロディア――素敵な名前だね! うん、よろしくね!」
ここで過去の記憶は途切れ、視界が真っ白に染まった。
また視界が元に戻ると、目の前に飛び込んできたのは満天の星空だった。
上体を起こして周囲を見渡すと、丘の下には視界いっぱいに自然が広がり、傍らには幽霊のような姿のヨゾラと先に起きていたであろうセンウタがこちらを見ていた。
「あ! ソウジンお兄ちゃん、ようやく目が覚めた! センウタお姉ちゃんと一緒に眠っちゃったからびっくりしたよ」
「ごめんごめん。なんか急に眠気が来ちゃって」
「もう、仕方ないんだから」
ヨゾラは僅かに顔を顰めるが、すぐさまころりと笑ってみせた。
そんな彼女にソウジンは、先ほど見た映像のことについて訊くべく、話を切り出す。
「ねえ、1つヨゾラに聞きたいことがあるんだけど」
「なあに?」
「プロディアっていうドラゴンに心当たりってある?」
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