第20話
「あ、センウタお姉ちゃん! また一緒にお星さまを見にきてくれたの!?」
センウタに気づいた少女が肩口で切り揃えられた栗色の髪を揺らしながら、ぱたぱたと駆け寄ってくる。
「うん……今日は仲間と一緒に。紹介する、ソウジン」
「はじめまして、ソウジンです。よろしくね、ええと……」
「ヨゾラだよ! こちらこそよろしくね、ソウジンお兄ちゃん」
少女、ヨゾラは天真爛漫の笑顔を浮かべてぺこりと頭を下げた。
……やっぱりだ、と近くで見て、ヨゾラの足元が透けていることを確認する。
エネミーが闊歩するフィールド上にNPC――ましてやヨゾラがいること自体が異質なのだが、透けた両足が更にそれを際立たせている。
それと全身を仄かに淡い青白い光を帯びているのも気のせいではなかった。
自分が知らないだけで、少女のようなNPCは案外いたりするのだろうか。
なんて考えていると、ヨゾラはソウジンとセンウタの手を取って元気に走り出す。
「ほらほら、2人ともこっちに来て。今日の空はとても晴れてるからお星さまがたくさん見れそうな気がするの!」
ヨゾラに連れられるままに丘の上まで移動して空を見上げると、視界いっぱいに飛び込んできたのは無数に煌めく光の海だった。
現実ではまず見ることのできない絶景に思わず息を呑む。
星々の中に浮かぶ白と緑の2つの月が無ければ、これがゲーム内の景色だと気づかない自信があった。
「ね、すごいでしょ? わたし、ここで空を眺めるのが大好きなんだ」
「うん、これは……凄いね」
「でしょでしょ!」
ヨゾラは目を輝かせて自慢げに胸を張る。
足元が透けていることや光っていることを除けば、立ち振る舞いや仕草は普通の少女と変わりはないようだ。
「それでね、お星さまを見ているとたまにキラキラって流れ星が流れるの! それが本当にきれいで、むねの中が嬉しい気持ちでいっぱいになるんだ」
「へえ、流れ星も見れるんだ。こっちの流れ星ってどんな感じなんだろう?」
「とーってもすごいんだよ! シュッて光ったって思ったら、すぐにパッと消えちゃうの! あっという間すぎて気づいた時にはもう見えなくなっちゃってるんだけど、また見つけてやるぞーってがんばれるんだ」
大きな身振り手振りを交えて楽しそうに話すヨゾラを見ていると、なんだかこちらまで微笑ましくなる。
本当に夜空を眺めるのが大好きなのだろう。
……あ、だから夜空なのか。
「あとね、わたし1人でお星さまを見るより、誰かと見た方がもっと楽しいし、流れ星を見つけたらもっと嬉しくなれるんだ。だからね、ソウジンお兄ちゃんも……わたしと一緒にお星さまを見てくれる?」
ヨゾラがもじもじと体をくねらせて見上げるようにこちらの顔を覗き込むと同時に、視界内にウィンドウが現れる。
[クエスト『夜空に願いを』を受注しますか?]
ウィンドウ内に表示されているクエスト名は、活動拠点でレッドが出した名称と一致していた。
やはりクエスト名の夜空はヨゾラにかかっているようだ。
ソウジンは唇をほころばせて答える。
「勿論。センウタと3人で星を見ようか」
「ほんとう!? ありがとう!」
[クエスト『夜空に願いを』を受注しました。クエストを開始します]
画面を操作していないにもかかわらず、自動でウィンドウ内のテキストが更新された。
どうやら話の進行と内容に合わせて、クエストを受注するかの判定が決まるらしい。
てっきりフレンド登録やパーティー招待のようにはい、いいえのボタンをタップしてクエストを始めるものかと思っていたから少し意外だった。
「……クエストってこんな風に受けるんだ」
「うん、だからNPCと会話する時は気に留めておいた方がいい」
「そうなんだ。……あ、今の勝手にセンウタも頭数に入れちゃってごめんね」
「気にしなくてもいい。最初から私も一緒にクエストを受けるつもりだったから。……とは言っても、クエストは個別で受けていることになっているんだけど」
「え、それって……?」
訊ねようとするも、いつの間にか咲き乱れる花の中に座っていたヨゾラの大声に遮られる。
「センウタお姉ちゃんもソウジンお兄ちゃんもこっちこっちー! ほらはーやーくー!」
「……とりあえず、あの子のところに行こう」
「うん、そうだね」
最後の発言が気になりはするが、細かく聞くのは後でいい。
ひとまずヨゾラの元へと移動し、そのまま促されるように腰を下ろす。
草むらの青い匂いと花々の芳香が鼻腔をくすぐると、一気に全身の強ばりが解けていくような感覚を覚えた。
隣ではヨゾラがしめしめと口元を吊り上げる。
「気持ちいいでしょ?」
「うん、花の香りで気分が落ち着くね。なんていうか……アロマセラピーを受けながらプラネタリウムを鑑賞しているみたいだ」
「アロマセラ……? プラネ、タリ……ウム?」
ゲーム内の住人にはこういった単語が浸透していないのか、はたまた単純にヨゾラが知らないだけなのか。
どちらにせよ言葉の意味が分かっていないようで、ヨゾラは首を傾げていた。
「えっと、気にしないでいいよ。独り言だから」
「……分かった。それにしても、異邦の探索者さんは不思議な言葉を使うんだね」
「みたい、だね。気になる?」
「うーん……気になるけど、それよりも今はお星さまを見よ!」
そう言ってヨゾラは頭上を見上げた。
どうやら彼女の興味の最優先事項は星空の観察のようだ。
まあ、クエストの内容も彼女と星を見ることなので、ソウジンもこれ以上は話を広げずに夜空を眺めることにした。
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