第19話
ソウジンの全財産を支払っても支払うことができない高価なポテトサラダは、思わず舌を巻いてしまうほどの絶品だった。
”公爵芋”という素材アイテムが使用されていること以外は、盛り付けも味付けもどこにでもあるような普通のポテトサラダではあったが、この食材があることで料理のレベルを何倍にも引き上げていたのだ。
ほくほくとした食感の中で広がるマヨネーズの酸味と黒胡椒に粒マスタードと2種類の辛味が絶妙に混ざり合い、一緒に和えられた野菜類の瑞々しさやベーコンの旨味をより鮮明に引き立たせていた。
塩加減に関しては気持ち薄めにも感じたが、この控えめな調整が逆に素材本来の良さを押し出してくれていた。
しかし、それらは公爵芋という土台があってこそ成り立っている。
もし公爵芋が入っていなければ、不味いとまではいかないにしても、味も食感も何かが今一つ物足りないという感想になっていたことだろう。
公爵芋が他の食材のポテンシャルを最大限に引き出していたのだ。
それと同時に公爵芋以外の食材は全て、公爵芋を活かすための脇役に過ぎなかった。
このように公爵芋一つで成立している一品ではあるものの、このクオリティを現実でも再現できるのであれば、間違いなく店のメニューとして提供できる。
正直言うと、ゲームだからとそこまで期待をしてなかったのだが、これほどまでの品が出てきたとなれば認識を改めなければならないだろう。
もっとも、センウタ曰くゲーム内の食事に満足して現実の食生活に影響しないようにと、基本的にはどことなく薄味になっているとのことなので、今回食べたポテトサラダは例外のようだ。
だが、特筆するべきは味ではない。
食事を摂ることで得られるステータスアップ等の付与効果だ。
「――凄い、LUKが5倍近く上がってる」
公爵ポテトサラダを完食したことで、LUKの数値が117にまで上昇していた。
倍率にして6.5倍。
装備に付与されたステータス補正と比較すれば、破格などという表現でも足りないくらいの上昇量だ。
「公爵ポテトサラダは食べるとLUK550%上昇する効果があるから。運が絡むことをする時は、この料理を食べるようにしてる」
「へえ……って、あ、だからこれを頼んだんだ」
今更ながら、活動拠点でレッドが言っていたことを思い出す。
なぜポテトサラダなのだろうかと考えは頭の片隅にはあったが、これなら納得だった。
「……食べ終わったから、そろそろ目的地に行こうか」
「分かった。あ、そうだ――ご馳走様でした。美味しかったです」
席を立ち、店主に一言礼を告げると気持ちの良い笑顔が返ってくる。
「おうよ。またいつでも食べに来な。それじゃあ、夜のデート楽しみなよ。異邦の探索者さん達よ」
――顔が茹で上がったようにかあっと熱くなり、緊張で心臓が爆発しそうになった。
「え……デ、デデ、デ……デート……!?」
「ん、なんだ違うのか? まあ、いいや。気をつけて行ってきな」
「……は、はい」
唐突に変なことを言われたせいで、自分で自分の足を引っ掛けそうになりながら退散するように店を出ていくのだった。
緊張の余り店を出てからの記憶は少し曖昧で、ようやく意識がはっきりとしてきた頃には、もう既に村を出発してフィールドを歩いていた。
具体的にどこら辺なのかは分からないが、とりあえず街道からは外れていることはたしかだった。
あれからどれくらい時間が経ったのだろうか。
少なくとも10分近くは経っているだろうが、未だに頬は軽く熱を帯びたままで、胸の鼓動もばくばくと鳴っている。
まさかデートという言葉一つでこんなに慌てるとは自分でも予想外だった。
ソウジン自身としてはデートをしているつもりは微塵も無かったし、向こうからしてもまだ不甲斐ない新人を同行させているに過ぎないはずだ。
センウタには申し訳ないことしちゃったな、ソウジンは心の中で呟く。
自分がセンウタのような美少女と釣り合うわけがないというのに、カップルと勘違いされてはたまったものではないだろう。
小さくため息を溢してから、隣を歩くセンウタにちらりと視線を向ける。
フードを被っているので表情は見えないが、逆にそれで良かったかもと胸を撫で下ろした……のも束の間だった。
「――ソウジン、あとちょっとで目的地に着く」
「おわっ……!?」
そう言いながらセンウタがこちらに顔向けてきたものだから、つい堪らず声を漏らしてしまった。
「……どうかした?」
「え、えと……何でもない、気にしないで」
「……そう」
挙動不審な反応をしたせいで半眼でじーっと見つめられるも、少ししてようやく視線を外してくれた。
それから前方を指差して、「あそこが目的地」と口にした。
センウタが指を差した先にあったのは、1本の木が生えている小高い丘だった。
木の周辺には色取り取りの花が咲いており、写真に収めれば中々良い絵になりそうだ。
そして、木の下には1人の少女が立っている。
真っ白なワンピース姿で武器を持っていないあたりNPCだと思われるが、彼女の足元は半透明で、全身には淡い光が仄かに纏っているように見えた。
その姿は、まるで――囚われの幽霊だった。
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