第16話

 ソロでズーを討伐した実績があるとはいえ、ウルフ3匹相手に油断も慢心もしているつもりは一切ない。

 極めて真剣に、そして本気で戦闘に臨んでいるはずだったのに、ソウジンは行動の殆どを防衛にのみ費やしてしまっていた。


 理由は単純で、一対多数での戦い方、立ち回りに慣れていないのだ。


 昨日、ソウジンが始まりの街付近の小さな森で手裏剣の試運転をした時も、入団テストに挑戦している間の道中の戦闘も、最後のズーとの決戦もその全てが一対一によるものだった。


 手裏剣の投擲と斬撃の使い分けは、敵対する相手との距離や相性で判断している。

 とは言いつつ、基本的に離れていれば投げるし、近づいていれば斬る――なんて至ってシンプルな考えで動いているのだが、それはあくまで一対一が成り立っている前提があっての話だ。


 今、ソウジンが置かれている状況のように、複数体に同時に攻められるとその判断ができなくなってしまい、ただただウルフ達の波状攻撃を必死に防ぐことにしか考えが回らなくなる。

 だというのに、ウルフが剥く牙や振り下ろされる爪はソウジンの身体をしっかりと捉え、HPをどんどん削っていく。


「くっ……!」


 たまに相打ちではあるものの、反撃としてウルフに斬撃を浴びせてはいるが、与ダメージの比率でいえば圧倒的にウルフ達に軍配が上がる。

 後方でセンウタが回復術をかけてくれていなかったら、もうとっくにHPは全損し、拠点送りになっていたことだろう。


 戦闘が始まってからずっと苦しい状況が続いている。

 だが、早いうちにこの経験を積めることは今後に繋がるはずだと、ソウジンは自分に言い聞かせる。


 遅かれ早かれ、いずれは1人で複数体の敵を相手にして戦わなければならない時はやって来る。

 そのタイミングでデスすることを気にせずに思う存分戦うことができると考えれば、そう悪い話でもないような気がする。


 それにソウジンが行っているのはレベル上げや素材集めではなく、戦闘訓練だ。


 鍛え上げるのはデータ上での経験値ではなく、ソウジン自身のプレイヤースキル。

 かなり荒療治かもしれないが、手っ取り早く強くなるのであれば実戦で感覚を掴むのが一番だ。


 とはいえ、ここまで一方的にやられしまっていると、戦闘がいつ終わりを迎えるのか見通しが立てられないというのも事実。

 そろそろ打開の起点を見つけなければ、と躍起になっていると、後方から突として発生した光の奔流がウルフの群れを呑み込んだ。


 刹那、ウルフたちの身体はたちまち蒸発し、戦闘終了を告げるバトルリザルトが出現した。


 はあはあと肩で息をしながら振り返ると、支援に徹していたセンウタが腰に携えていた細剣を抜いていた。


 金の薔薇の彫刻が施された碧色の刀身の他に、鍔や柄に至るまで芸術品をも思わせる趣向が凝られている。

 実際この剣は儀礼剣であり、刀身に刃は立てられていない。


「……予定変更。とりあえず次の拠点に行くこと優先する」


 センウタは儀礼剣を腰に納めて、ソウジンの元へと歩み寄る。

 彼女が戦闘態勢を解いている辺り、もうエネミーは残っていないとは思うが、念の為、周囲を軽く見渡してから手裏剣を仕舞った。


「……ごめん」

「何が?」

「本当は俺が倒さなきゃいけなかったのに、結局センウタの手を借りることになっちゃったから」


 溢れ出る歯痒さを噛み殺す。

 できることなら期待に応えたかったし、それよりもセンウタに無様な姿を見せたくはなかった。


 明確な理由なんてない。

 ただ、なんとなく嫌だった。


「ソウジン」


 名を呼ばれ、センウタに顔を向けると――ぎゅむっと彼女の両手が頬を挟み込んだ。

 彼女は明らかに不服そうな表情で、ソウジンを真っ直ぐと見つめていた。


「まだソウジンは始めたばかりなんだから、倒せなくて当たり前。気にする必要なんてない」


 いつの間にかフードを外しているので、センウタの可憐な容貌が眼前にはっきりと映し出される。


 雪のようにきめ細やかな白い肌、墨のように真っ黒な大きく丸い瞳。

 人形みたく整った鼻梁は否応無しにソウジンの鼓動を強く打ち鳴らす。


 同時に、意味もなく胸の奥がちくりと痛んだ。


「……分かった?」


 反論は受け付けません、と言わんばかりの口調にソウジンは小さく「はい」と答える。

 それから少しの間、じっと彼女に見つめられた後、ようやく両手のサンドイッチ状態から解放された。


「よろしい。じゃあ、行こう」


 センウタはソウジンに背中を向けてからフードを深く被り直すと、次の拠点へと歩き始める。

 彼女の後を追いながら、まだうるさく高鳴る鼓動を鎮めようと、センウタが先ほど放った光の奔流について考えて気を紛らわすことにした。


 一瞬でウルフを跡形もなく蒸発させた光の奔流――あれはセンウタが手にしている儀礼剣によるものだ。

 見た目こそ剣の形状をしているが、その実カテゴリ的としてはに分類されているらしく、ステータスやスキル構成的に有用な攻撃手段を持たない彼女の為に用意した逸品だという。


 見た目をわざわざ儀礼剣にしたのは、単に作成者の趣味趣向とのことらしい。


(魔術、か……)


 元より、スキルツリーが解放されたら何かしら魔術を習得するつもりではいた。

 ただそれは、折角INTやMPにパラメーターポイントを割り振っているから、とその程度の理由からだ。


 だけど、センウタの攻撃を目の当たりにして、少し考えを改めなければならないとそう思う。

 もし範囲的に攻撃できる手段があったのなら、さっきの戦闘はもう少し楽になったかもしれない。


 無論、散々な結果で終わってしまったのは、それ以外にも幾つも要因はあるのだが、それでも新しい攻撃方法を真面目に模索するべきだと痛感するのであった。

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