第15話

 薫風の街を吹き抜ける穏やかな夜風は、微かな肌寒さを感じる分、代わりに日中以上の爽涼な空気を運んでくれる。

 対照的に、街の中を闊歩するNPCは仕事終わりの大人たちが大半を占めており、いかにも子供らしい背丈の人間は一目でプレイヤーだと分かった。


 各拠点に必ず1つは設置されているワープ地点の広場に降り立ち、昼間との雰囲気の違いを感じながら夜の街並みを眺めていると、隣でセンウタが「ソウジン」と呼びかけてくる。


「目的地はここの次の拠点。悪いけど、散策はまた今度」

「分かった。じゃあ、案内よろしくお願いします」

「うん、任せて」


 街の外に向かって歩き出すセンウタの一歩後ろをついて行く。


 相変わらず周囲の視線は腰に下げた二振りの手裏剣に向けられているが、フードを被ったポンチョ姿のセンウタについては誰も気に止める様子はない。

 ロビンのマントとは違い姿が消えているわけではないので、時折彼女を見やるプレイヤーがいたくらいか。


 センウタが注目を集めないことに少しの安心感を抱きつつ、彼女の背中を追っていると、ふいに彼女が1つ質問を投げかけてきた。


「……そういえば、ソウジンはどうしてこのゲームを始めたの?」

「へ……?」

「ただの興味本位。嫌なら答えなくてもいい」

「あ、いや、そうじゃないよ。急だったから、ちょっとびっくりしただけ。……大した理由じゃないよ。前から友達に誘われてて、バイト代で買えるだけのお金が手に入ったっていう、それくらいかな。変……かな?」


 センウタはふるふると頭を振る。


「ううん。私もロビンに誘われてこのゲームをやるようになったから、変じゃない。ところで……その友達ってマコのこと?」

「うん、そうだけど」

「……そう」


 会話はここでぶつりと途切れた。

 元々、ソウジンは話を広げるのは得意な方ではないし、恐らくセンウタに関しても同様だろう。


 もし彼女が話し好きだったら、4人でいた時から積極的に会話に加わっていただろうし、こんな雑に話を終わらせたりしないはずだ。


 結局これ以降、フィールドに出るまで両者の口が開くことは無かった。

 ただ、この沈黙が苦痛だったかと言われるとそうでもない。


 もう少しの間、センウタと話をしてみたい気持ちは確かにあったが、それと同じくらい一緒の空間にいるだけでどことなく満足している自分がいたのも確かだ。

 なぜこんな気持ちになっているのかは自分でも分からないが、いつの間にか隣を歩いているセンウタを尻目にしつつ、それでもいつかは気軽に会話できるようになればいいなと思った。




 街を出てしばらく歩いていると、突如として黒い影がソウジンに迫ってきた。


「うわっ!?」


 予期せぬ奇襲に反応が遅れてしまい、防御が間に合わない。

 せめてもの対処として頭を隠すように両腕を上げた直後、痺れるような重い衝撃が腕にのしかかった。


 瞬間、満タンだったはずのHPがたちまち減少し、一気に四割程度にまで削られてしまった。


 昨日、ズーを倒してレベルが上がったとはいえ、ソウジンのレベルは未だ13。

 このレベルは萌芽の街から薫風の街との間にあるエリアの攻略推奨レベルであり、おまけにソウジンの防具のほとんどは未だに初期装備――おまけに頭装備に関しては何も付けていないのだ。


 このような状態でまともに攻撃を喰らえば致命傷になるのは当然だった。

 咄嗟に頭部を守ることができたおかげで、一撃死だけは免れたのは不幸中の幸いといえよう。


 黒い影はソウジンを仕留め損なったからか一度後ろに飛び退くと、月明かりに照らされ、その正体を現した。


「……狼?」


 影の正体は、体長1.5メートル程度の黒と暗灰色が入り混じった毛皮と鬣が特徴の飢えた痩躯の狼だった。

 見た目通りにウルフといい、身体のフォルムからして荒鷲の丘に出現していたトウテツとは近縁種にあたるエネミーだ。


 ソウジンはすぐさま手裏剣を両手に握り、ショートカットからポーションを取り出そうとして――「【ファーストエイド】」失われたHPが瞬時に回復した。

 無論、ソウジンのHPを回復させたのはセンウタだった。


 回復術――魔術系スキルツリーを解放させることで習得可能な術技の一種で、たった今センウタが発動させた【ファーストエイド】は初級の回復術である。


「夜はエネミーが急接近しても気づきにくいから、気を抜いたらだめ」

「ご、ごめん! それと回復ありがとう!」

「……ヒーラーだから。これくらいはやって当然」


 にべもない返事だったが、これが彼女の平常運転なのだろう。

 これまでの振る舞いでなんとなく分かる。


「でも、気をつけなきゃいけないのはこれから。敵は1匹だけじゃない」


 言われて気が付く。

 ソウジンに襲いかかってきたウルフの背後には、別のウルフが2匹控えていた。


 3匹のウルフの狙いはソウジン1人に定められており、ポンチョによってステルス効果が発動しているセンウタには意識が向けられていなさそうだった。


「あのエネミーは群れで行動していて、ピンチになると仲間を呼ぶ習性があるから、倒す時は一気にHPを減らす必要がある」

「なるほど。となると……仲間を呼ばれないように1匹ずつ確実に倒すか、ある程度HPを減らしてからまとめて一網打尽にするかの二択になるのかな?」

「うん、そう。ソウジンの場合は、1匹ずつ各個撃破するのがいいと思う」


 何かしら攻撃系の魔術を覚えていれば、もしくは投擲した手裏剣を複数体に命中させる技量があれば、後者も選択肢に入ったかもしれない。

 とはいえ、スキルツリーの解放まであと少しだけレベルが足りないていないし、手裏剣もそこまで使いこなせていない現状では、ないものねだりしても仕方がない。


 ウルフの群れに立ち向かうべく手裏剣を構えて一歩前に踏み出すと、センウタがウルフから距離を取るようにして何歩か後ろに下がった。


「……センウタ?」

「ソウジンが戦っている間は、攻撃には参加しないで後ろからサポートしてくれって、レッドにそう頼まれてる。だから……1人で頑張ってみて。HPは絶対0にはさせないから」


 淡々と口にしながらも、どこか辛そうな表情を浮かべるセンウタに、ソウジンは強く頷いてみせる。


「……分かった。やってみる」


 思えばレッドはセンウタを同行者に推した時、戦闘訓練も兼ねて、と言っていた。

 きっとこうなることを見越しての発言だったのだろう。


 なら期待に応えてみせたい。

 ちょっとした決意を胸にソウジンは、先頭に立っているウルフへ手裏剣を投げ放ち、戦闘を開始した。

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