第14話

 ロビンが活動拠点にやって来たのは、レッドの哄笑が落ち着いてきた頃だった。

 闇夜に紛れる漆黒のマントに暗緑色の衣装という如何にも暗殺者のような出立ちとは対照的な、アイドル顔負けの溌剌とした明るい笑顔を振り撒きながらこちらに歩み寄って来る。


「はーい、みんな元気ー!? ……って、レッドどしたの? そんなに疲れた顔しちゃって」

「……なんでもねえ、気にしなくても大丈夫だ」

「そう?」


 笑い過ぎてぐったりとしているレッドに訝しげな視線を送るロビンだったが、すぐに先程の笑顔に戻してソウジンとセンウタに声をかける。


「やっほー、ソウジンくん! うーたんはさっき振りー!」

「やあ、ロビン」


 ソウジンがそう返す隣では、センウタはこくりと小さく頷いている。


「あ……そっか。そういえば2人ってリアルでも友達なんだっけ?」

「そうだよ! うーたんと知り合ったのは、小学校5年生の時だからもう6年の付き合いになるかな」


 ねー、と肩を寄せるロビンに、センウタは「うん」と短く答える。

 彼女の表情は相変わらず表には出てこないが、心なしか照れ臭そうにしているような気がした。


 ロビンとセンウタがリアルでも友人同士だというのを教えられたのは、昨日ここを案内されてからのことだった。


 別に隠すようなことでもないし、現実での知人同士で一緒にやることもそう珍しいことでもないからと、自己紹介がてら前もって伝えられていたのだ。

 ちなみにこのギルド自体がレッドと幼馴染みの2人によって創設されたとのことらしい。


「ところで3人は今何してたところの?」

「まだ何もしてないよ。ついさっきログインしたばっかりだから」

「……私も、まだ何も」

「そっかそっか。それじゃ、これから何するか決めよっか! レッドはなんか考えてたりしてるー?」


 ロビンが未だにぐったりとしてるレッドに話を振ると、あー、という気の抜けた声と共に答えが返ってくる。


「まあな。つっても、俺らっていうよりソウジンに対してだけどな」

「ん、俺?」

「ああ、ソウジンには今日っていうか、今後の目標としてやってもらいたいことがあるんだ」


 レッドは勢いよく上体を起こし、2本の指を立てて詳細を話し始める。


「大きく分けて2つ。まず1つ、第一ダンジョンの攻略。2つ目はユニーククエスト『夜空に願いを』のクリアだ。例のクエストの発生させるのにこの2つの条件をこなす必要がある。まあ、ダンジョン攻略に関しては普通にやってればそのうち自然とやることになるからいいとして、問題は2つ目のユニーククエストか」

「ユニーククエストって、確か特定の条件を達成することで発生するクエスト……だったよね?」

「ああ、その認識で合ってるぜ」レッドが首肯する。


 ユニーククエスト。

 ゲームの進行上、自動で受注することになるメインクエストと異なり、特定のNPCとの関わりによって発生する特殊なクエスト全般を指す。


 内容は子供のお遣いから特別なエネミーの討伐まで多岐に渡る。


 基本的に一度達成してしまうとそのクエストは無くなってしまうのだが、代わりに似たクエストが他のNPCによって発生したり、稀に何度も受注可能だったりする場合もある。

 だから、ユニーククエストをどれだけクリアしても、総数に大きな変動はないというのがプレイヤー間で共通の認識だ。


「んで、何が問題かっていうと……ソロ限定な上に運要素がデカいところだ」

「なるほど。それで、どこら辺が運になっちゃうの?」

「そうだな……口で説明するよりも、実際に見てもらった方が早いか。よし、センウタ案内任せた!」

「レッドが行かないんかーい!」


 すかさずロビンにツッコミを入れられるが、レッドは悪びれる素振り様子もなく続けてみせる。


「ソウジンについて行きたいのはやまやまだけどよ、俺が一緒だとどうしたって悪目立ちしちまうからな。戦闘訓練も兼ねて、ここは回復役ヒーラーのセンウタに同行してもらうのが最適だと考えた。センウタ、それで構わないよな?」

「うん」

「決まりだ! それじゃあ、ソウジン。詳しいことは現地に着いたらセンウタから聞いてくれ」

「了解。……でも、目立つって意味ならセンウタもそうじゃないの? 注目を避けるならロビンが適任な気もするんだけど……」


 言いながら、ちらりとセンウタに視線を傾ける。

 別に同行者が彼女ということに不満があるわけではない。


 一緒に来てもらうだけでもとてもありがたく感じているし、寧ろ大歓迎なのだが、人目を気にするのならセンウタはどうなんだろうと思ってしまう。


 ソウジンと行動するとなると、彼女の装備はあまりにも華やかで、昨日みたく序盤の拠点に現れたのなら、それだけで周囲からかなりの注目を集めることになる。


 それにあまり女性に頓着の無いソウジンの目からしても、センウタは大変魅力的に映っていた。

 彼女の場合、別の意味でも人目を引くような気がしてしまう。


「……大丈夫。そこは問題ない」


 ソウジンの懸念を悟ったのか、センウタはメニューを開き、軽く画面を操作すると、彼女のドレスアーマーの上に重ねるようにダークグレーのポンチョが出現する。

 それからポンチョに備え付けられたフードを被ると、途端に彼女の存在感が薄れた。


 目の前にいるはずなのに、気を抜くとすぐに見失ってしまいそうな、そんな感覚だった。


「どう? これなら一緒にいても人目はつかないはず」


 センウタがフードを外すと、一気に薄れていた存在感が復活し、急に目の前に現れたような錯覚に陥る。

 思わず「うわっ!」と声を上げてしまいそうになった。


「そ、そうだね。変に疑ってごめんね」

「……気にしなくてもいい」


 センウタは短く言うと、再度メニュー画面を操作する。

 すると今度はソウジンの元に1通のメッセージが届く。


[センウタさんが、あなたをパーティーに招待しています]


「同じパーティー内なら、私がフードを被っても感覚は変わらないで済む」

「へえ、そうなんだ。そうなると助かるよ」


 メッセージ内の[YES]ボタンをタップし、招待を受けると、視界内に映っている自身のHPバーの下にセンウタのプレイヤーネーム、Lv、HPバーの三つが小さく表示される。

 その後、センウタがもう一度フードを被ってみせるが、彼女の言った通り先程のような変化は起きなかった。


「……ね?」

「うん、確かに」


 笑って答えると、センウタは一瞬の間を置いてフードを更に深く被った。


「……行こう。薫風の街に集合で」

「了解。じゃあ、行ってくるね」

「はーい、2人とも行ってらっしゃーい!」

「おう、頑張れよ! それとセンウタ任せたぞ!」


 2人に見送られながら、ソウジンは活動拠点を後にした。

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